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「感謝」はウェルビーイングな人と組織を作る Vol.2 ― 感謝を伝え合う仕組みと運用方法の実践

 企業や職種によってはハイブリッドワークなどで出社頻度が変わってきた昨今、同僚と直接会って話をする機会は減っていませんか?
 それと同時に、同僚に感謝の気持ちを伝える機会も減っていませんか?

 前回は、感謝をすることが感謝をした本人、そして組織のウェルビーイングに良い影響があることをご紹介しました。

 今回は、ハイブリッドワーク下であっても感謝による恩恵を意図的・積極的に享受するための仕掛けについて、楽天グループでの事例を中心にご紹介いたします。


組織の中での感謝の伝え合い

 組織の中で感謝を伝えあう仕組みの一つとして、「レコグニション」があります。

 レコグニション(recognition)とは、「認識」という意味の他にも、「正しく評価されること」や「業績などを認めること」、「感謝の言葉やお礼」などの意味を含む言葉です。

 人事制度に関連する用語の分類では、組織への貢献への報酬として、特別ボーナスなどの直接的な金銭的報酬を与えるのではなく、非金銭的な賞賛や承認を行うことを指します。
 また、組織内で仲間同士が互いを賞賛・承認することを「ソーシャル・レコグニション」といいます。現在、国内外の企業が、このようなソーシャル・レコグニションのプラットフォームをウェブ上のサービスとして、さまざまな企業に提供しています。

楽天グループでのソーシャル・レコグニションの実践例

 楽天グループでは、「R-Star」と呼ばれるソーシャル・レコグニションのプラットフォームを自社開発しました。いくつかの部門での試験導入・運用を経て、現在さまざまな部門に展開をし始めています。

 R-Starでは仕事仲間に対し、感謝のメッセージに添えて、ポイントとしてのコインを送ります。このコインはある一定以上貯まると、楽天グループのお買い物や旅行、投資や保険、携帯電話などさまざまなサービスで使用できる「楽天ポイント」に交換することができます。

 また、感謝を送る際には、送る相手の行動が楽天グループの企業理念である「楽天主義」の中のどの行動理念と接続しているかを選択してメッセージを送付します。これにより社員が「楽天主義」と、この理念に基づいた行動を日頃から意識し、考えられるような仕組みにもなっています。

 送られた感謝のメッセージは他のメンバーからも見ることができ、他の社員が何の業務でどのような貢献をしているかを知ることができます。
 また、自分の同僚が誰と仕事上のつながりを持っているかを知ることもでき、同僚からその人につないでもらうきっかけにもなっているようです。

図表1. R-Starの画面サンプル
図表2. 楽天主義(赤字)と、それに基づいた行動理念

ソーシャル・レコグニションを効果的に行う方法

 ソーシャル・レコグニションの仕組みを通じて感謝の言葉を伝える際には、どのような点に注意をすればよいでしょうか。楽天におけるR-Starの運用経験を基に、私たちが考える注意すべきポイントは次の4つです。

1)雰囲気の醸成
2)感謝の習慣化
3)効果的な感謝の送り方
4)感謝される側の注意点

 ソーシャル・レコグニションの仕組みを導入する際の利用促進や、利用頻度を高めていく、あるいは維持するためのヒントを、R-Starでの事例を中心に紹介いたします。

1)雰囲気の醸成

マネジャーが積極的に関与する
 まず、ソーシャル・レコグニションを組織に導入し、定着させていくためには、マネジャーが率先してレコグニションを行うことが重要です。具体的には、ソーシャル・レコグニションツールの導入直後に、マネジャーが自身の職場のメンバーに最初のメッセージをレコグニションツール上で送ります。
 上位役職者が積極的に感謝の気持ちを伝える姿を見せることで、感謝を伝えることは特別敷居の高いものではなく、マネジャーもこのツールの導入を歓迎しているという雰囲気が、組織内で醸成されていきます。
 R-Star導入時にも、マネジャーに積極的な利用を呼び掛けることで、ユーザーを増やす取り組みを行いました。

 また、チームの定例ミーティング等で、メンバー間で送られたレコグニションの内容の一部をマネジャーが紹介するなどの取組みも、感謝を送りあうことはこの組織にとって大切で意味のあることであるというメッセージが伝わり、レコグニションを送り合うカルチャーの醸成に有効です。

2)感謝の習慣化

 ソーシャル・レコグニションの仕組みを導入しても、感謝を習慣化することが難しい場合もあります。人によっては、感謝をすることにあまり慣れておらず、どのようなことに対して感謝をすればよいか悩む人もいるかもしれません。

イベントと関連づける
 感謝への意識を高め、かつ感謝へのハードルを下げて習慣化するための工夫として、何かしらのイベントと関連付けて感謝を送る仕組みを作ることが考えられます。
 楽天グループでの事例では、年末に「1年間の感謝を伝える」というテーマでの利用をマネジャーに促したところ、利用が大きく増加したケースがあります。
 その他にも企業の周年行事や従業員の入社記念日など、さまざまなイベントに関連付けることでレコグニションの機会を増やすことができるのではないでしょうか。

「陰の貢献者」に注目する
 何か大きなことを成し遂げた人には、会社としての表彰制度などがあるでしょう。
 レコグニションはそのような人にさらに賞賛を与えることに軸足を置くよりもむしろ、そのような人を裏側で支えてくれている「陰の貢献者」にスポットライトを当てる機会として利用することの方が、組織全体が互いに感謝を伝え合えるカルチャーの醸成にとっては重要なことなのかもしれません。

3)効果的な感謝の送り方

すぐに送る
 仕事の忙しさのせいで、感謝をすることはついつい後回しにしてしまいがちになります。しかしそれでは、感謝を送ることをうっかり忘れてしまったり、感謝を送る全体的な回数も少なくなってしまうでしょう。
 また、時が経つと、感謝を送る側も送られる側も、何についての感謝であるかの記憶が薄くなってしまうかもしれません。
 さらに、ソーシャル・レコグニションのサービスを提供するAchievers社によると、リアルタイムで感謝を伝えると、感謝された側が行った良い行いと感謝の内容がリンクしやすくなり、そしてその良い行動は、繰り返し行われるようになるとのことです(注1)。

具体的な内容を示す
 同じく、ソーシャル・レコグニションのサービスを提供するFond社によると、賞賛を具体的に行うことは、相手の行動やスキルの何が良かったのかを正確に伝えることになり、ただ単に「Great Job!」と言われるよりも、より認めらているという感覚になり、将来同じような良い行いをすることを促すことにもなるそうです(注2)。
 したがって、単に「〇〇の件、ありがとうございます」と伝えるだけではなく、「仕事のスピード」「提供してもらったさまざまな知識やスキルについて」「積極的に動いてくれたこと」「忙しい合間に親切に対応してくれたこと」「どれだけ自分や他の人が助かったか」などについて、思いつくことを具体的に言及することが、より良い感謝の伝え方であると思われます。

 このように、感謝していることをすぐに、そしてその内容を具体的に伝えることは、仲間やチームにとって好ましい行動や態度が何なのかを相手に気づかせることにつながり、それが次の良い行動への布石となるようです。
 また、感謝された側は、その感謝が表面的・形式的に行われたものではなく、自分の行為やふるまいをよく見知った上で行われたものなのだという気持ちになることで、相手への親近感や信頼感を強める効果もあるのではないでしょうか。

4)感謝される側の注意点

感謝されることを期待しすぎない
 伊藤(2014, p.944)によれば、感謝されることを期待し強く望んでいる人は、怒りの感情を感じやすい傾向にあるようです。
 したがって、「ソーシャル・レコグニションの仕組みが導入されたのだから、自分は周りの人からたくさん感謝されることになるだろう」というように、感謝されることを強く期待しすぎない心構えも必要なようです。
 せっかくソーシャル・レコグニションの仕組みが導入されたにもかかわらず、それをきっかけに怒りの感情を持ちやすくなってしまったのでは、個人として、また組織としてもウェルビーイングは下がってしまうことになるでしょう。


 今回は、楽天で行われているソーシャル・レコグニションのプラットフォームと、それを活用して感謝を送り合う際に心がけるポイントについてご紹介いたしました。

 ハイブリッドワークなどで同僚と直接会って話をする機会が減ってしまった人も少なくない昨今の状況においては、皆さんの組織でもこのようなソーシャル・レコグニションの仕組みを効果的に活用することによって、単に同僚とのコミュニケーションの機会を増やすきっかけとするだけではなく、個人と組織のウェルビーイングも向上させるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。


注1:Achievers「Social Recognition: What, Why, and How」 (参照2022年11月24日).
注2:FOND「THE INSIDER’S GUIDE TO PEER-TO-PEER RECOGNITION」 (参照2022年11月24日).

引用文献リスト
伊藤忠弘 (2014).「感謝される経験と感情経験の頻度および達成動機づけ」『日本心理学会大会発表論文集』第78回大会, 944.