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ハイブリッドワーク下でのオンボーディングの課題と対策 Vol.2 – 雑談が発生する仕掛けづくり

 前回は、ハイブリッドワーク下でのオンボーディングの課題と、それを克服するための楽天グループでの施策の一つ、つながりの量と質を確保するための「50人1on1」についてご紹介いたしました。

 今回は、オンラインのミーティングで相手とつながる時に、カジュアルなコミュニケーションを促進するツール、とりわけオンボーディング時や初対面の相手との顔合わせの時に大きな効果を発揮する施策についてご紹介いたします。


カジュアルなコミュニケーションの減少

 最近ではオフィスでの業務に戻る人も増えてきていますが、誰かがオフィスに出社していないケースがあるため、引き続きミーティングは主にオンラインでも設定されているということが多いのではないでしょうか。

 オンラインでのミーティングは、会議室の予約や会議室への移動の必要がなくなったため、ミーティングの設定自体が容易になりました。このため、次から次へとミーティングを渡り歩く人も少なくないのではと思われます。

 前回ご紹介した楽天グループでの事例、「50人1on1」を行った部門では、リモートワークが開始された後に、従業員の間での休憩時間や業務終了後の何気ない会話、偶発的な出会いによって生じるカジュアルなコミュニケーションが減少し、社内ネットワークが広がらないということを認識していました。特に、チームの枠を超えた、「横とのコミュニケーション」が以前と比較してかなり不足していたようです。
 また、リモートでのミーティング時には、業務に関する用件についての会話のみで終了することが多く、ミーティング前後の雑談もなくなっている状況があったようです。

 業務がリモート化・ハイブリッド化する以前からオフィスで共に働いていた人の間では、これまでに蓄積された人間関係があります。しかし、それ以降に入社や部署の異動をした人の場合、新天地での新たな人間関係を構築することへのハードルが以前よりも上がってしまいました。

 以前とは変化した環境下で、どのように仲間との交流を促進する取り組みが行えるかということ、その中でも特に新しくチームに加わった人を、立ち上がりの時点でどのようにインクルーシブに支えていくかということが、ひとつの大きな課題となりました。

楽天グループでの取り組み(2) 「自己紹介バーチャル背景」

 そこでこの部門では、ハイブリッドワーク下でのもう一つの取り組みとして、オンラインでのミーティング時にカジュアルな会話のきっかけとなったり、会話を広げる素材を提供する施策を行いました。それが「自己紹介バーチャル背景」です。

 このバーチャル背景では、主に自分のプライベートな一面を紹介していきます。準備されたアイコンを用いて自分の属性や趣味嗜好などを表現したり、アイコンにはないものやもう少し具体的な内容を紹介したい時は、ハッシュタグをつけたテキストを自分で書き込むことで、オリジナルのバーチャル背景を作成するのです。

(図表1: 属性や趣味などのアイコンの例)
(図表2: 自己紹介バーチャル背景の例)

 このバーチャル背景を使用することによって、「Aさん、〇〇が好きなんですか?実は私もそうなんです。」などの会話が発生するようになりました。
 この取り組みを行っていない他部門の人とのミーティングでも、このバーチャル背景を使用することにより、そのように声をかけられるケースもあったようです。

 自分と同じ趣味を持っている人や出身地が同じ人に対しては、自然に親近感が増して接し方にも良い変化が起こるであろうことは、容易に想像ができることでしょう。
 また、面白い趣味や、普段のコミュニケーションからでは想像できなかった意外な一面を持っている人には、そのことについていろいろと聞いてみたくなるかもしれません。

 このバーチャル背景は、自分の人となりやライフスタイルなどを他の人に知ってもらうことで雑談を生み出すきっかけを作り出すだけではなく、相手に親近感を抱いてもらえるなど、仕事上の人間関係の構築がしやすくなる効果もあると考えられます。

 導入後に行われた調査では、このバーチャル背景は部門内の3分の2以上の人にダウンロードされ、使用者の3分の2以上の人がコミュニケーションのきっかけになったと実感しているそうです。さらに、使用者の半数以上がこのバーチャル背景によって新たな知り合いを作ることができたとのことです。

 そしてこのバーチャル背景は、新しく組織に入ってきた人のオンボーディング時に行う「50人1on1」で使用することで、非常に大きな効果を発揮することは言うまでもありません。

(図表3: 尾形(2008) 「組織社会化過程の学習内容の分類」を基に筆者作成)

 尾形(2008)による「組織社会化過程における学習内容の分類」に照らし合わせると、この取り組みは主に「② 職場の同僚に関する名前、地位、趣味や性格、バックグラウンド」の学習に当てはまります。また、「③ 組織内、職場内の人間関係」に関しては、「学習」というよりも「構築」に寄与しているといえそうです。

コレクティブ・ウェルビーイングとの接続

 このバーチャル背景の取り組みは、前回の「50人1on1」と同様に、「多様な価値観を持つ仲間とつながる機会の提供・仕組化」(仲間)や、「仲間:多様な仲間との雑談(間)の推奨」(余白)との結びつきが強く、そして間接的には、相手への理解から「自分と異なるリズムへの理解」(時間)が深まることもあるでしょう。
 加えて、「物理的空間とバーチャル空間での自社の演出」(空間)のうち、バーチャル空間の演出という役割を果たしています。

(図表4: コレクティブ・ウェルビーイング(マネジメント編))
青字:自己紹介バーチャル背景
赤字:50人 1on1および自己紹介バーチャル背景

 この「50人 1on1」と「自己紹介バーチャル背景」の組み合わせで、「仲間」にウェイトがありつつも、コレクティブ・ウェルビーイングの要素をバランスよくカバーしているといえるでしょう。


 今回ご紹介した「自己紹介バーチャル背景」は、自分について口頭で一つ一つ説明するのではなく、先に一覧で見せてしまうことが特徴です。これにより、お互いの共通点や聞いてみたいことなどが発見しやすくなります。会話のスタートが早まり、より深堀りした内容に費やせる時間を増やすこともできそうです。

 バーチャル背景を利用したこの取り組みも前回の「50人1on1」と同様に、ハイブリッドワークでのオンラインミーティングの特徴をうまく利用した施策であると考えられます。また今後、オフィスでの勤務の機会が増えたとしても、オンラインでのミーティングが行われる限り有効な施策であるといえるでしょう。

 前回と今回で、楽天グループでの取り組み例を2つご紹介しましたが、これらは組織のイシューを把握し、そこから生み出された課題克服のためのアイデアです。皆さんの組織でも、このようなアプローチで独自の「仕掛け」を生み出してみてはいかがでしょうか。

 また、その「仕掛け」のフレームワークを考える際にはぜひ、コレクティブ・ウェルビーイングのガイドライン等もご参照ください。


引用文献リスト

尾形真実哉 (2008).「若年就業者の組織社会化プロセスの包括的検討」『甲南経営研究』48 (4), 11-68.