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ウェルビーイング向上のためのストレスマネジメント講座―第1回:立ち直りの早い人・遅い人を、脳の視点から考える

 一般的に「ストレス」という言葉からは、「つらいこと」「苦しいこと」などのネガティブなイメージが想起され、「ストレスなどこの世に存在しない方が良い」と考える人が多いのではないでしょうか。
 しかし、ストレス自体は古くから生物が生き残るための大事な仕組みであり、これを完全になくすことはできません。

 では、ストレスを感じることの多いこの現代社会において、どのようにストレスと「お付き合い」をしていけばよいのでしょうか?そしてそれが私たちのウェルビーイング向上にどのようにつながるのでしょうか?

 2021年4月に「HAPPY STRESS(ハッピーストレス)ストレスがあなたの脳を進化させる」を上梓された、応用神経科学者でありDAncing Einstein代表の青砥瑞人氏に、そのヒントについてご寄稿いただきました。
 全2回のシリーズで今回は第1回、「立ち直りの早い人・遅い人を、脳の視点から考える」です。


 仕事で失敗したり、失恋したり、大切なものを失くしたり。そんな時、私たちは落ち込みます。結構長いこと落ち込み続ける人もいますが、一方で先程までの落ち込み具合が嘘のようにケロッと立ち直っている人もいます。何が違うのでしょうか?そもそもの気質、性格なのでしょうか?

気質や性格とは?

 気質や性格とは何でしょうか?かなり曖昧な表現です。それが何たるかを説明することは難しいのに、立ち直りの遅さを気質などのせいにしてしまう方が便利なので、そのように都合よく処理されてしまうことが多いのではないかと思われます。
 少し詳しい人は、「それはDNAなどに組み込まれた遺伝情報だよ」と教えてくれるかもしれません。しかし遺伝情報は、あくまでも我々を形作る大まかな設計書であり、その設計書をどう活用するのかは後天的な我々の活動に依存します。我々の振る舞い方がDNAに働きかけて、我々を象っていくのです。

 たしかに、我々の気質や性格などに関わりうる遺伝情報がDNAのどのあたりにありそうなのか、ということはわかってきています。しかし、それが全ての気質や性格を規定するものではありませんし、先ほど述べたように後天的な、我々の人生の歩み方次第で可変であることがわかってきています。
 ですから、「もともと備わった性格だ」とか「気質だ」という理由のみでその状況を切り捨ててしまうことは少し勿体無いのです。

 気質や性格は、DNAや積み上げられた経験の集積であり、変わりづらいのは事実です。しかし、可変であることも事実です。そのような我々の性格や気質に大きく関わる脳の変化、可変性を神経可塑性と呼びます。

 健常者が、環境や直面した事実によってはうつ病を発症することは聞いたことがあるでしょう。
 明るく元気だったあの人が、うつ病に。まさか。そんな話はよく聞きます。
 うつ病になると、ネガティブな思考が蔓延ったり、あるいは無気力となったり、まるで別人のようになってしまいます。それも俯瞰的にみれば、その方の性格や気質がまるっきり変わっているといえます。

 そして、実際にうつ病などを発症すると、脳の物理的構造が変わったり、あるいは脳の使われ方が変わったりすることが知られています。一方で、そんな方も適切な治療が施されると、脳の物理構造の回復などにより、気質や性格がまた変化していきます。
 少し極端な例ではありますが、我々の気質や性格は可変であることは疑いようのない事実です。

 ですから、世界でさまざまな「在りたい自己への、自己実現に向けた実践」が行われているわけです。誰しもがきっと、自分の好きな部分と、あまり好きじゃなくて変わりたい部分の自分の両方を持っていることでしょう。
 我々は自分の好きな部分をますます愛でつつ、自分の中の変えたい部分、性格や気質も変えることができるのです。

立ち直りの早い人、遅い人の違い

 さて、最初の問いに戻りましょう。
 立ち直りの早い人と遅い人は、何が違うのでしょうか?
 実は、「自分自身は可変である」「自分自身は成長できる」「知能や性格を変えることができる」と知っている人の立ち直りが早いことが、最新の研究でわかってきています。

 実際に、ストレスは悪者というわけでなく、我々の成長にも寄与しているのだと教えてもらった群と、それを知らず、ストレスは悪者だと思い込んでいる群とでは、前者の方がストレスからの回復具合が良いという実験結果があります。
 そうなる理由として、前者は後者に比べ、ストレスホルモンの一つであるコルチゾールをコルチゾンという物質に変換し、コルチゾールを不活性化するタンパク質が多く合成されていることがわかりました。

 この実験の前者と後者の違いは、前者は事前にビデオで、「ストレスにはポジティブな面がある」という情報を知ったということだけです。それだけでストレスからの回復率を高め、実際に身体内、脳内の反応を変えたのです。

 さて、ここでのポイントは、「ストレスには我々の成長を促したりポジティブな面もある」ということを知ることです。
 しかし、いざストレスがかかっている際に、我々の耳元で「ストレスはあなたの力になりますよ」と囁いてくれる人はいません。上記の実験現場のように、それを教えてくれるビデオもありません。
 大切なことは、ストレスに苛まれる普段の生活の中で日常的にストレスのポジティブな面に目を向け、そのポジティブな情報を脳に書き込む、すなわち記憶として保持しておくことです。

 記憶とは、物理的な構造をもったあなた自身の一部です。一過的に何かを聞いただけでは、すぐに忘却してしまいます。ですから、日頃からちょっと意識して、ストレスに後押しされて頑張れたこと、そしてそのおかげで得られた成果や成功、あるいは自身が成長できたことなどを振り返り、みなさん自身の脳にストレスの利点を保持していくこと。それがストレスによるネガティブな気持ちからの切り替えの早さや、ストレスからの回復力を高めてくれるのです。

 それはきっと、我々の幸せを感じられる時間を増やすことにもつながるはずです。


 ここまでの内容を読んで、皆さんのストレスに対する見方が、以前と少し変わってきたのではないでしょうか?

 まず、気質や性格は我々のあり方次第で可変であり、自分は変われる、成長できると思っている人はレジリエンス(立ち直る能力)が高いこと。
 そして、ストレスには自己の成長促進などポジティブな側面があることを知り、普段から意識してその情報を脳に記憶させると、ストレスからの回復率が高いこと。

 これらの脳の仕組みをうまく利用して、ストレスとより上手に付き合ってみてはいかがでしょうか?
 そうすると幸せを感じられる時間が増し、よりウェルビーイングな日々が過ごせるかもしれません。

 次回は、「ストレスをどう捉えるか」についてご紹介いただきます。


※本記事は青砥瑞人氏によるオリジナル記事です。

参考リンク
DAncing Einstein
※講座「Neuro-Lecture」へのご予約は、ページの中ほどをご覧ください。

・青砥瑞人『HAPPY STRESS(ハッピーストレス)ストレスがあなたの脳を進化させる
・工藤勇一, 青砥瑞人『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方
・青砥瑞人『4 Focus 脳が冴えわたる4つの集中
・青砥瑞人『BRAIN DRIVEN(ブレインドリブン)パフォーマンスが高まる脳の状態とは