「インクルーシブ・ランゲージ」をご存じですか?
インクルーシブ・ランゲージは多様性のある社会において、ある特定のグループを疎外しないように配慮した、中立的な表現の集合体です。昨今、私たちの目に触れることも多くなってきた「ダイバーシティ&インクルージョン」と密接な関係があります。
「ダイバーシティ」というものは、国籍や人種の違いだけでなく、年代や性別、ライフスタイルの違いなど、あらゆる組織に存在しているものです。
今回は、多様性のある職場での心地良い人間関係をもたらしてくれる言葉、「インクルーシブ・ランゲージ」について紹介いたします。
インクルーシブ・ランゲージとは?
インクルーシブ・ランゲージ(Inclusive Language)は、「包括的言語」と直訳され、イギリスの「コリンズ英語辞典」(注1)では、「特定のグループを除外する可能性のある表現の使用を避ける言語」と定義されています。
また、Forbesの記事「How Inclusive Language Can Help You To Negotiate, Lead And Communicate For Success」(注2)には、「インクルーシブ・ランゲージの目的は、誰もが価値がある、大切にされている、そして会話に参加することを歓迎されていると感じられるような環境づくりをすること」と記述されています。
このようにインクルーシブ・ランゲージとは、性別や世代、組織や国籍などの違いのある人たちが、どのコミュニティに属していても、コミュニケーションにおいて自分自身や自らの意見が歓迎されている、価値があると思わせてくれる表現であると考えられます。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)という考え方は今日、社会に浸透しつつあります。東京2020オリンピック競技大会においても、このダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みが示されました。そしてダイバーシティとインクルージョンを次のように定義しています。(注3)
ダイバーシティは「多様性」「一人ひとりのちがい」、インクルージョンは「包括・包含」「受け入れる・活かす」とという意味を持ちます。多様性は、年齢、人種や国籍、心身機能、性別、性的指向、性自認、宗教・信条や価値観だけでなく、キャリアや経験、働き方、企業文化、ライフスタイルなど多岐に渡ります。
こうしたD&Iが注目されつつある時代の流れの中では、差別的な表現を避けた、より中立的な言葉を用いることで、各々が多様性や違いを前向きに受け入れ、相手にもその姿勢を伝えるというインクルーシブ・ランゲージのような手段は必須となるのではないでしょうか。
したがって、インクルーシブ・ランゲージはダイバーシティのある社会や組織において、インクルージョンを向上させるための重要なツールと言えます。
また、インクルーシブ・ランゲージを学ぶと、ふとした瞬間に、無意識に「実は相手を傷つけてしまっている」表現に気付くようになります。そしてそれを前向きに改善する意識や姿勢が養われていきます。
なぜ「インクルージョン」そして「インクルーシブ・ランゲージ」は大切なのか?
「ダイバーシティ」という言葉は社会全体でだいぶ認知されてきたものの、「インクルージョン」はまだまだ認知度が低いように思われます。
しかし、なぜ「インクルージョン」は大切なのでしょうか?
それは、D&Iとセットで表現されるように、「包含」されることで初めて「多様性」が活きると考えられるからです。
多様性のある個々人の能力を最大限に活かすことは、今後、企業が「勝つ組織」になるための重要な要素の一つとなっていくと考えられます。
実際に、D&Iを実現している企業はより高いパフォーマンスを発揮するという調査結果があります。
Deloitte University Pressの「Talent matters」(注4)によると、年間7億5千万ドル以上の収益のある450以上の企業のうち、D&Iを意識した人材育成を行っている29%のグループは、残りの61%のグループと比較して、様々な評価項目の上位四分の一のハイパフォーマンスのグループに入りやすいとの結果が出ています。
例えば、収益目標の達成に関しては1.2倍、業務効率最大化のためのプロセス改善に関しては1.4倍、業務の革新に関しては項目1.7倍、パフォーマンス改善のためのコーチングや人材開発に関しては3.8倍、パフォーマンスの課題への管理に関しては3.6倍、上位四分の一のグループに入りやすいとのことです。
しかし現状、D&Iのうちインクルージョンは、ダイバーシティと比較して否定的な意味と接続してしまっている傾向があるようです。
マッキンゼー・アンド・カンパニー「Diversity wins: How inclusion matters」(注5)による15か国の1,000を超える大企業を対象とした調査では、D&Iへの体系的な取り組みとインクルージョン(主要要素である平等性、開放性、帰属意識)に対する従業員のコメントを分析しました。
すると、ダイバーシティに関するコメントに対しては52%が肯定的、31%が否定的な内容でしたが、インクルージョンに対しては29%が肯定的、61%が否定的な内容でした。企業内でのダイバーシティに対する肯定的な意識は高まっていても、それを最大限に活かしきれるだけのインクルージョンの醸成がなされていない企業が多いのでは、と推測されます。
したがって、今後はダイバーシティと併せて、インクルージョンがなぜ大切であるかという教育にもより力を入れていく必要があると思われます。そしてその教育の一要素であるインクルーシブ・ランゲージは、インクルージョンへの肯定的な意識を高めるために必要であり、それゆえに大切なものであると言えるのではないでしょうか。
インクルーシブ・ランゲージを活用しよう!
前述したように、一概に多様性といってもそれは人種や国籍に関することだけではなく、性別、ライフステージ、社内での立場、年齢など、多数のカテゴリーが存在します。海外で発信されている例も参考にしながら、より身近なインクルーシブ・ランゲージについて考えてみましょう。
性別(ジェンダー)編
欧米では、男性的な表現を含む役職名や職業名から、男女を区別しない他の言い回しにしようという流れが進んでいます。
chairman(会長、議長) → chairperson / chair
manpower(人手、労働力) → workforce
policeman(警察官) → police officer
「man」は単に「人」を表すこともありますが、男性的な意味合いがあるためです。
またその逆もしかりで、女性のみが就くと思われていた職業名に対しても、より中立的な言葉選びがされるようになりました。例えば日本でも、看護「婦」ではなく看護「師」ということによって性別に関係なく使える言葉になりました。
東京ディズニーリゾートが「Ladies and Gentlemen」というアナウンスの使用を停止し、「Hello, everyone」を代替案として採用したニュース(注6)も話題になりました。
「トランスジェンダー」や、自らを性別の枠組みにあてはめない「ノンバイナリー」といった性の多様化に合わせて「They/Them」という代名詞の使用が広まっています。
She/Her, He/Him, They/Them など、SNSのプロフィール等にどの代名詞を使って欲しいかを予め記しておく人もいます。
プライベートな場面でも、友人等に恋人の有無を聞く際には、「彼女/彼氏いるの?」と予め性別を限定するのではなく、「恋人」または「パートナーはいるの?」と言うと、より中立的です。現代は結婚や家族の在り方も様々であり、「旦那さん、奥さん」の代わりに「パートナー」を用いる機会も増えるのではないでしょうか。
組織・世代編
親会社の人による、「『子会社』の人」という呼び方は、どことなく子会社側の方々を卑下しているニュアンスを含むようにとらえられかねません。例えば互いを「グループ会社」と呼ぶことが一つのソリューションとなるのではないでしょうか。小さな変化ではありますが、より良い関係を築けるきっかけとなると思われます。
先輩社員による後輩・新入社員への「あの子(たち)」という呼び方も、そのように言われた側は「子供扱いされている」、と感じてしまいます。それによって若手の社員は「自分は認められていない」とモチベーションを下げてしまうことがあることが考えられます。代わりに「後輩(たち)」やそれぞれの名前、ニックネームを採用するのはいかがでしょうか。
人種・国籍編
Apple社は2020年7月に、blacklistやwhitelistといった差別的な表現を含み得る用語をガイドライン等から排除し、代わりに以下のように中立的な用語の使用へと移行しました。(注7)
blacklist(ブラックリスト) → denylist(拒否リスト)
whitelist(ホワイトリスト) → allowlist(許可リスト)
日本でも「ブラック企業」や「白黒つける」という言葉はよく使われますが、潜在的にブラック(黒)イコール悪、劣っているという誤解を与えてしまうかもしれないので、使用を避けた方が無難でしょう。
弊社でのとある社内アンケートで、社員を「Japanese/Non-Japanese」「日本人/非日本人」という表現を用いてのカテゴリー分けの仕方は適切なのか、という意見が寄せられたことがあるようです。
多国籍といえども日本人の多い日本企業において、このような区分けをしなければいけない場合には、「Non-Japanese」や「非日本人」という表現よりも、「International(インターナショナル)」や「外国籍」という表現がより適切だと思われます。
実践!「インクルーシブ・ランゲージ」
インクルーシブ・ランゲージについて、実際に考えてみましょう。
英語の事例になりますが、次の4つについて、考えてみてください。
<ヒント>
1. Guysは「やつ、男」という意味合いを持ちます。男性以外の方がいる場面でより中立的な表現は?
2. Mail “man”に注目です。
3. キリスト教以外の宗教を信仰する人も使えるお祝いの言葉とは?
4. この表現は「Identity-First Language(アイデンティティ・ファースト・ランゲージ)」といい、その人の病名や不自由な箇所を先に記します。別の言い方は?
それでは答え合わせです。
1. Guysは女性に対してもカジュアルな呼びかけとして使われますが、より中立的なEveryoneなどが好ましいです。
2. 職業の総称は男性的なニュアンスを含むことが多いです。他にも「Fireman(消防士)→Firefighter」、「Salesman(販売員)→Salesperson」などがあります。
3. こちらは、どの宗教を信仰する人も、または信仰しない人も休日、祝日を楽しめるように配慮した言い方です。
4. 少し上級編です。これは「Person-First Language(パーソン・ファースト・ランゲージ)」といい、人「Person」や「People」を先に持ってくることがポイントです。
さいごに
皆さん、いかがでしたでしょうか?
どのような組織にも性別、国籍、そしてキャリアやライフスタイルといった多様性が存在しています。だからこそ多国籍な人材を有する組織やグローバル化を目指す企業だけでなく、どの組織や企業においても、インクルーシブ教育、インクルーシブ・ランゲージへの前向きな取り組みが必要なのです。
多様性を受容する社会の流れの中で、インクルーシブ・ランゲージは誰もが当事者となって学ぶべきトピックではないでしょうか。
インクルーシブ・ランゲージを習得して、無意識のうちに相手を傷つけてしまうことを防ぎ、互いに幸せだと思える環境を作っていきませんか?
今回のコラムがあなたの身の回りの言葉を点検し、見直すきっかけとなってくれれば幸いです。
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今回は、楽天ピープル&カルチャー研究所にインターンとして就業体験を行っている吉田瑠璃さんがリードして、インクルーシブ・ランゲージについてまとめました。
彼女はアメリカで大学生活を送りました。当時、自分に対して使われる言葉から、留学先では自分がマイノリティであることを自覚するようになると同時に、言葉を意識したり、言葉に敏感になった経験を持っているそうです。
何気ない言語表現でショックを受けることもあれば、反対に嬉しくなることもあり、言葉の持つ力を実感したそうです。
引用文献
注1:「コリンズ英語辞典」inclusive language(参照2021年9月17日)
注2:Forbes「How Inclusive Language Can Help You To Negotiate, Lead And Communicate For Success」(参照2021年9月17日)
注3:TOKYO2020「ダイバーシティ&インクルージョン (D&I)」(参照2021年9月17日 ※現在は閲覧できません)
注4:Deloitte University Press 「Talent matters」(参照2021年9月17日)
注5:McKinsey & Company「Diversity wins: How inclusion matters」(参照2021年9月17日)
注6:日本経済新聞(2021年3月26日)「東京ディズニー、園内アナウンス一部変更 多様性に配慮」(参照2021年9月17日)
注7:Apple Developer「Updates to coding terminology」(参照2021年9月17日)