日本は幸福度が高い国なのでしょうか?それとも、低い国なのでしょうか?
そもそも幸福やウェルビーイングの高低は、どのような基準で測定されているのでしょうか?
楽天ピープル&カルチャー研究所のアドバイザー、公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事であり、予防医学研究者の石川善樹氏に、ウェルビーイングの測定方法についてご紹介いただきます。
全2回のシリーズで、今回は第2回、「ウェルビーイングを測る妥当な「ものさし」とは何か?」です。
(第1回:ウェルビーイングを測る「ものさし」の開発とその歴史について、はこちら。)
前回は、ウェルビーイングが「体験」と「評価」で測定されていることについてご紹介いたしました。
今回は、今までのウェルビーイングに関する調査データから得られた知見と、現状の測定方法の課題について、ご紹介いたします。
どのような発見があったのか?
さて、ここからは話題を変えて、ウェルビーイングに関するデータを取り始めたことにより、これまでどのような発見があったのか、いくつかご紹介したいと思います。まず単純なランキングでいえば、地域別に次のような傾向が見られます。
人生の評価が高い国 → 北欧
ポジティブ体験が多い国 → 中南米
ネガティブ体験が少ない国 → 東アジア
最初に言っておかなければならないのは、前回のコラムの冒頭で紹介した国連の「幸福度ランキング」は、あくまで「評価」のランキングであるということです。たとえば日本は、「評価」ではたしかに58位と低いですが、日々の生活におけるネガティブ体験の少なさでいえば世界トップ11位に入っています。
いずれにせよ、ギャラップ社の調査によってはじめて明らかになったのは、それが体験であれ評価であれ、「世界各国のウェルビーイングには大きな違いがみられる」という現象です。
そこで研究者たちが次に追いかけた問いは、「経済的な要因(GDPや収入)によってその違いはどれほど説明できるのか?」というものです。
・・・残念ながら、この問いについて一言で結論を述べられるほど、研究は熟していません。とはいえ一定の知見は得られており、それを端的にまとめると次のようになります。
「経済的要因は、一定程度まで人生の評価や日々の体験に影響するが、ある閾値を超えるとあまり関係しない」(Jebb, Tay, Diener & Oishi, 2018)
もっとシンプルに言えば、「お金で買えるウェルビーイングには頭打ちがある」ということです。たとえば、地域別に多少の違いはあるものの、ある一定の収入を超えるとそれ以上、ウェルビーイングは高まらないことが知られています(表1参照)。
では、ウェルビーイングを高めるために、お金以外では何が重要となるのでしょうか? ジョン・ヘリウェル教授(ブリティッシュコロンビア大学、経済学者)によれば、それは「人とのつながり」であるということです。ギャラップ社の調査は実に様々な項目を尋ねていますが、その中に次のような質問があります。
「あなたが困った時、助けてくれる親せきや友人はいますか?」
もしこの質問に対して「はい」と答えられるなら、その人のウェルビーイングは高い傾向にあります。当たり前ですが、調子がよい時は自然と人が近寄ってくるものです。
しかし苦境に陥った途端、人はさーっといなくなります。実際昔から、「最良の友人は苦しい時に友を見捨てない人である」といわれています。ちなみにそのような友をもつことは、収入が5倍になるのと同等の影響力があるといいます。
より妥当なウェルビーイングの定義とは?
良くも悪くも、ウェルビーイングの測定には、ギャラップ社の世界調査が国際標準になっています。
しかし、これは妥当なのでしょうか? たとえば、現在の定義に従えば、人生の評価には「ハシゴ」が使われています。この人生を「ハシゴ」に見立てるという考え方は、きわめて西洋的であるように思えます。
というのも、おそらくその原型は旧約聖書の創世記に登場する「Jacobのハシゴ」にあり、上に行くほど天上に近づくという発想なのでしょう。
しかし日本には、「幸せすぎて怖い」という発想があり、単にハシゴをのぼることをよしとしてきませんでした。実際、先の国連の調査においても、日本人はあまり10点(最高の人生)をつけたがらない傾向にありました。
むしろ日本人は人生を「振り子」に例えることが多いのではないでしょうか。人生には良いことも悪いこともあり、「最高」よりは「ちょうどいい状態」を理想としてきました。同様に、アジアや中東、アフリカではそれぞれ独自の視点で人生を捉えているはずで、それは必ずしも「ハシゴ」のようなものではないのでしょう。
しかし、いくらそのような批評を繰り返したところで、何も現実は変わりません。結局のところ測定し続け、データを積み重ねることでしか「国際標準」は作られないのです。
このまま何もしなければ、永遠に日本人の「人生評価」はハシゴを使って測定され、「日本は世界58位ですね」と烙印を押され続けられるでしょう。
とはいえ、まだ間に合います。科学とは、(もしあるなら)真理に対して、常に途上の存在です。ウェルビーイングの測定方法について、完璧な定義に到達することはおそらくないでしょう。
しかし、少なくとも現行の(ギャラップ社による)ウェルビーイングの定義より妥当なものはあるはずです。もしより良いと思える測定方法を思いついたのなら、実際に世界各地でデータを取り、既存の測定方法よりも妥当であることを証明する義務が生じるでしょう。
そのように痛感した私は、世界各地の仲間とともに、実は2020年度からウェルビーイングの世界調査を始めています。その詳細についてはまた機会を改めて述べることにして、本記事はここで筆をおくことにします。
幸福度として何を測定するか、どの指標を用いて順位を算出するかによって、幸福度の国別のランキングは違うものになるということがわかりました。
地域による文化的な価値観の違いがある中で、世界中の多くの人にとって納得感のあるウェルビーイングの測定方法を見つけることは難しい作業であると思われます。
したがってこのようなランキングも、ただ単に結果だけを見て一喜一憂するのではなく、その裏側にある測定の仕組みに関しても理解を深めることが重要だといえそうです。
※本記事は石川善樹氏によるオリジナル記事です。
引用文献
Jebb, A.T., Tay, L., Diener, E. & Oishi, A. (2018). Happiness, income satiation and turning points around the world. Nature Human Behaviour 2, 33–38.