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インクルーシブな職場づくりのために気をつけたい、マイクロアグレッションとは? – 第1回:日常に隠れているマイクロアグレッション

 相手に伝えるほどではないけれど、相手の言葉の選び方に違和感を感じた体験はありませんか?

 一度なら見過ごせる言葉でも、日常の中で何度も繰り返し耳にすると、それが積もりに積もって大きなダメージになっていくということもあるのではないでしょうか。様々なバックグラウンドや価値観を持っている人々がお互いに尊重し合うには、このような事態を見過ごさないことも大切です。
 このような事象をダイバーシティ&インクルージョン領域の専門用語として「マイクロアグレッション(Microaggression 小さな攻撃性)」と呼びます。

 2020年に著書『Don’t Mess With My Professionalism!』を上梓した、LeadershipCQのCEO、バネッサ・バロス博士から、マイクロアグレッションとはどんなものなのか、どのように対処したら良いかについて、お話を伺いました(全2回)。

 今回は、第1回「日常に隠れているマイクロアグレッション」です。


マイクロアグレッションとは何か

 マイクロアグレッションという概念は、元々1970年代にハーバード大学の精神科医チェスター・ピアス氏が「白人がアフリカ系アメリカ人(黒人)に対して行う小さな「侮辱」や「差別」」に対してつけた名称です(1)。そこから定義が拡大され、より広い対象(あらゆる人々)に対して行われるものを示すようになりました。

 例えば、日本に住んでいる外国出身の人で、初対面の日本人から「日本語が上手ですね」という言葉を受け取ることがある場合、一度なら褒め言葉ととらえられるこの表現も、別の人から何度も繰り返し受け取ることになれば「ああ、またか」「日本人ではないから、日本語が話せない姿を期待しているの?」というように、ポジティブに受け取れないこともあるかもしれません。
 このように、一回では気にならない発言も、繰り返し伝えられることで受け取る側にとっては攻撃性を帯びたものとして捉えられてしまうリスクがある表現、このようなものをマイクロアグレッションと呼びます。

 現在のマイクロアグレッションの定義は、コロンビア大学の心理学者のデラルド・ウイン・スー教授により「日常の短いやり取りの中で、ある属性(集団)の一員であることを理由に、特定の個人について、その人間を貶める発言を意図的または非意図的に行うこと」とされています(2)。

マイクロアグレッションはなぜ起こるのか

 このマイクロアグレッションの定義には、マイクロアグレッションが起こる背景を考慮した重要な観点が2つ含まれています。

 一つは意識的なのか無意識的なのかにかかわらず、そのいずれもマイクロアグレッションとなりうるということです。無意識的であるということは、相手を傷つけようと思っていないのに行ってしまう場合も、やっていることにすら気づいていない場合もあります。
 これは人間の脳には古来より野生環境で生き延びるためのプログラムが備わっているためです。人間の脳には、何が危険で何がそうではないのかを瞬時に判断する機能があるために、目の前の人を自分のステレオタイプの中の一つのカテゴリーに分類してしまいます。

 遭遇する頻度が高い人や事象に対しては「普通(norm)」というカテゴリーとして分類し認識します。そして、その基準と異なることが起こると「私が知っている状態と違う」と脳が勝手に判断してしまうのです。

 例えば会議室である男性と女性が隣り合って座っていると、経験上男性が上司であることが多いと無意識的に判断し、男性の方を上司、女性の方を秘書と勝手に考えて接してしまうことがあるかも知れません。
 しかし実際には、女性が上司で男性が秘書であったなら、彼女は何度も男性の秘書と勘違いされることになり、毎回微妙な気持ちを感じることになります。これはあくまで一例ですが、マイクロアグレッションはこのように起こるのです。

 もう一つの大切な観点は、マイクロアグレッションは、どんな個人や集団に対しても投げかけられる可能性があるということです。

 マイクロアグレッションは少数派に属する人々への行動である場合が多いのですが、私たちはみな人生の様々な瞬間に多数派になることもあれば少数派になることもあります。よって、どんな人もみなマイクロアグレッションを起こしてしまう可能性も、受け手になる可能性も持っているのです。
 マイクロアグレッションは例えばLGBTQに属する人々への攻撃であることもあれば、ある国の中で「外国人」と呼ばれる人々、あるいは自分とは違う家庭環境を持っている人々などへの攻撃であることもあります。
 このように、自分とは異なるグループの人に対して言葉を発して相手を傷つけてしまうリスクは、日常の中にたくさんあるのです。

 しかし、このような行動をとってしまう人間がただただ悪いと言いたいわけではありません。マイクロアグレッションを生じさせる人間の脳の仕組みや周りの状況があるという事実を知り、どのように対処したらよいのかを考えることが大切なのです。それが、互いに敬意、思いやりを持った関係を築くことにつながります。

マイクロアグレッションの3分類

 マイクロアグレッションには3つのタイプがあります。

 1つ目は「マイクロインサルト(Microinsult:小さな侮辱)」です。
 これはある人の能力・性質を、本来それとは関係のない劣後するものと結び付けることです。
 例えば、女性であるかどうかと運転が上手かどうかという別の問題を勝手に結び付けてしまうと、女性だから運転がうまくないだろうという考えが生まれてしまい、「女性にしては運転がうまいね」というようなマイクロアグレッションにつながります。
 これらは自分の考えや信念から無意識的になされるものであり、意図的に傷つけようとしているわけではないことが多いです。そして、自分が強く信じていることに関して、実際には真実ではないことをより強く相手に押し付けてしまうことがあります。

 2つ目は「マクロ・インバリデーション(Macro Invalidation:大きく括って問題がないことにする)」です。
 相手との違いを過小評価し、「何も問題がない」と決めつけてしまうことを指します。この多くは無意識に楽観的な考え方や思い込みをすることから生じてしまうものです。
 例えば、相手は大きな問題だと感じているかもしれない状況を、「私たちはみんな同じで何も変わらない」「出身地が違うことによる違和感もないから、差別なんて事実もないよ」「人種とか一切関係ないよね」というような言い方で、そんなに大きな問題ではないだろうと小さく捉えて決めつけてしまうような考え方です。
 実際には違いが存在していると相手が認識している場合は、このような「違いがない」という発言に対しては違和感を感じることもあります。ここで大事なことはむしろ、その「違いがある」という事実自体をネガティブに捉えるのではなく、そういった事実を受け入れたうえで多様性を認め、関係を紡ぐことに意味を見いだすことではないでしょうか。

 上記2つのマイクロアグレッションの元になっている言動には、「無意識」に「良かれと思って」行われ、自分が相手に与えてしまっている影響に気づいていない場合もあるということが特徴です。

 3つ目は「マイクロアサルト(Microassault:小さな激しい攻撃)」です。
 これは相手が傷つくことを分かったうえで「意識的」に「繰り返し」発せられる、相手を貶(おとし)める表現のことを言います。相手の属するグループに対して持っている怒りや反感の感情から意識的に行われるという点で、上記2つとは別物だと考えられます。
 例えば、ある言語にはある人種を表現する、非常に侮辱的な表現が存在することがあります。それを聞いた瞬間、その発言者はその特定の人種のことを好意的に思っておらず、彼らを蔑み隅に追いやりたいと感じていることが伝わる表現です。

 これらのマイクロアグレッションの種類ごとに実際の対処法が変わることもあるため、この分類を知っておくことは実践につなげるためにも大切です。
 次回は、実際にマイクロアグレッションに遭遇してしまったとき、どのように行動したらよいかをご紹介します。


 マイクロアグレッションの種は日常に潜んでいます。少しだけ自分の振る舞いに注意を向けることで、自分の言葉で誰かを傷つけたり、排除してしまう事態を防ぐことができれば、人間関係はより良いものになると思われます。

 しかし、気を付けすぎてしまうことで委縮してしまい、他の人に声をかけられなくなってしまっては本末転倒です。
 ダイバーシティ&インクルージョンという視点において私たち個人は一人ひとり違うステージにいます。そこで大切なことは、何が完璧であるかを考えることではありません。段々とお互いのありのままを受け入れていくプロセスを楽しみ、間違えながらも一緒に考えていこうという寛容な雰囲気を醸成することです。

 意図的に行うマイクロアサルトは違いますが、無意識的に良かれと思って生じてしまうマイクロアグレッションはそれ自体が悪であると断定することは難しいでしょう。私たち人間の脳が、それを生み出しやすくできているのだと理解し、そのような状況でどうやってお互いを認め合うのかを考えてみましょう。


※本記事はバネッサ・バロス博士とのインタビューによるオリジナル記事です。

参考文献
(1) Pierce, C. M. (1974). In S. Arieti (Ed.), Psychiatric Problems of the Black Minority. American handbook of psychiatry. Basic Books.
(2) Sue, D. W., Christina, C. M., Torino, G. C., Bucceri, J. M., Holder, A. M. B., Nadal, K. L., & Esquilin, M. (2007). Racial Microaggressions in Everyday Life: Implications for Clinical Practice. American Psychologist 62 (4), 271-286

参考リンク
バネッサ・バロス(Vanessa Barros)博士について
著書『Don’t Mess With My Professionalism!』