マイクロアグレッションとは、日常の中で繰り返し、小さな攻撃性を含んだ発言をすることです。無意識に起こってしまうことが多いマイクロアグレッションが実際に起こってしまった時に、どのように対処すればよいのかを知っておくことは大切です。
2020年に著書『Don’t Mess With My Professionalism!』を上梓したLeadershipCQのCEO、バネッサ・バロス博士にインタビューを実施し、マイクロアグレッションとはどのようなものなのか、どのように対処したらよいのかについて伺いました(全2回)。
前回は、マイクロアグレッションとは何かをご紹介しました。
(第1回「日常に隠れているマイクロアグレッション」は、こちら。)
今回は第2回、「マイクロアグレッションへの対処法」です。
マイクロアグレッションを防ぐには?
マイクロアグレッションは無意識でも起こってしまいます。
そのため、これを防ぐには私たち一人ひとりが様々な属性を持つ人を「包含する(include)」ような言動を「意図的」に選択する必要があります。そうしなければ脳の性質上、無意識に「うっかり」誰かを「排斥(exclude)」してしまうことが起こるでしょう。
意識して多様な人々への尊重を示す言動を選択し続けることで、脳で無意識に排斥しようと作用する機能を止めることができるようになります。
前回お話ししたように、このような注意を払っていないと、人類の歴史の中で培われてきた脳の判断モードが自動的に発動します。
自分の人生の中で紡いできた「物語」をもとに、目の前のものを自動的に分類してしまうこの脳の判断モードを、「物語脳(narrative brain)」と呼びます。
私たちの脳にはこれとは別に、「経験脳(experience brain)」というモードがあります。
経験脳のモードを意識的に発動させると、周囲で起こることに対してアンテナが働き、周囲の環境や存在と深く向き合った、「今、ここ」に意識が集中した状態が作られます。
この経験脳モードでは、何かを言おうとしたときに「あ、この言い方は相手にとっては普通ではないのかもしれない」と気づいたり、「いや、ちょっと待て。念のため、この発言が相手を傷つけるものでないか、自分の頭の中でダブルチェックしよう」と思えるようになります。
このダブルチェックを意識的に行うためには、たくさんの学習とトレーニング、そして私たちがどんな振る舞いをしていきたいのかを強く自覚することが大切です。
何かを相手に確認したいときには、率直かつ謙虚な態度で相手に質問を投げかけましょう。
例えば、日本語が堪能な外国人(のように見える人を含む)に対して、「あなたは日本人ではないですよね?」「どうしてそんなに日本語が上手なの?」と聞くのは、自分の思い込みを相手にぶつけて確認をしています。この何気ない質問が、予期せぬ形で相手を傷つけてしまうこともあるため、注意が必要です。
このような先入観をぶつけるような聞き方を避けるには、「あなたのことを教えてください」と聞いてください。そうすれば、相手が日本で生まれ育ったのか、日本語を母国語ではない言語として学習したのかなどを、相手が語ってくれます。
このように、決めつけを含まない表現を意識的に使うようにすることが、経験脳を使うトレーニングになります。
他にも、相手が自由に答えられる、「オープンクエスチョン」を使うこともできます。
特に日本では、「はい」か「いいえ」で答えられる質問をすると「はい」という答えが返ってきてしまいがちです。このような質問では相手のことをより引き出すことが難しくなってしまうため、相手のことをもっと知りたい場面では、オープンクエスチョンを投げかけることが大切です。
また、意識的に「目の前の事象をありのままに観察すること」も、大事な実践の一つです。
前回紹介した会議室の例(会議室に男性と女性の二人がいた場合、経験上男性が上司であることが多いと想定してしまう人の例)で考えてみましょう。
このような場合、自分自身の考えから瞬間的に判断するのではなく、目の前に座っている女性の振る舞いそのものを観察することによって理解し判断をします。物語脳が起動しそうになっても「ちょっと待って」と自分に言い聞かせることで、物事をありのままにとらえることができます。
このように、「もう一度考えてみよう」という間(ま)を設けることで、「無意識に」「うっかり」なされてしまうマイクロアグレッションを防ぐことができます。
自分がマイクロアグレッションをしてしまったら?
少し時間がたってから過去の場面を思い出して、「あの時は、あんな風に決めつけをしてしまったかもしれない」とハッとすることもあります。
そのような時はまず相手に、自分の発言が相手を傷つけるものであったかどうかを確認してみましょう。相手がもしその言葉を気にも留めていないようであれば、何も問題はありません。しかし、相手にとってポジティブな経験ではなかったと確認されたら、心から真摯に謝罪しましょう。
さらに、もしそれが適切なタイミングであると感じたなら、その機会を相手と深く話すためのきっかけにしてもよいかもしれません。
マイクロアグレッションの存在を認識し合う対話の機会を持つことができ、その結果、お互いの考え方や価値観から新たな気づきを得ることができるのであれば、それは相手との関係性を深め、距離を縮める絶好の機会にすることができます。
相手のことを知ることができるというだけではなく、それまで自分のことを知らなかった人が、自分の背景や経験を理解してくれる存在となるでしょう。
そうした対話の中では、「私はこれを大事にしたいと考えている」ということを相手に示すことが大切です。ダイバーシティ&インクルージョンにおいては、組織の一人ひとりがもれなく小さなリーダーなのです。それぞれが主体性を持ってこのテーマに臨み、共感や理解を通じて協力することができれば、組織の持っている多様性を最大限に活かしていくことができるでしょう。
相手からマイクロアグレッションを受けたら?
このようにマイクロアグレッションを前向きに利用するのは、あなたがマイクロアグレッションの受け手になったときも同様に可能です。
相手からマイクロアグレッションと受け取れる発言をされても、感情は外に爆発させずに穏やかにし、まずは相手に確認をすることが大切です。
なぜならマイクロアグレッションのほとんどは無意識になされてしまっているものであり、相手はそもそもそのような状況に気づいていないことが多いからです。そのため、まずは相手がどんなことを伝えようとしてそのような発言をしたのかを理解しようとすることが欠かせません。
自分が誤解して受け取っていないことが確認出来たら、どんな点で傷ついたのかを相手に親切に敬意を持って伝えます。
このような建設的な言動は、中長期的にお互いの良好な関係を助けるはずです。
なぜならマイクロアグレッションが繰り返し行われるとイライラしてしまい、相手に自分の気持ちを伝えることが簡単ではない状況になることがあるからです。反対に、何も言わなければその発言はまた繰り返されてしまうでしょう。
マイクロアグレッションを行っている相手と建設的な話をすることは、相手を包含するということです。そして相手を包含するということは、自制や感情のコントロールが必須となるでしょう。そして相手が持っている固定観念に向き合い、相手が特定の前提を持たないようにするための対話をします。このような対話は、それに係わった人々をより近い関係へと導いてくれるのです。
他人のマイクロアグレッションを目撃したら?
第三者としてマイクロアグレッションが行われた場面に遭遇した時には、そのマイクロアグレッションがどのようなものであったかによって、対応を変える必要があります。
まず、明らかに意識的に相手を貶(おとし)める表現である「マイクロアサルト」であった場合は、その場で介入して止めに入ることをおすすめします。
その行動によってマイクロアグレッションの受け手側が、「このような意図的なマイクロアグレッションは再び起こることはない。周囲の人が手を差し伸べてくれる」という心理的安全性を感じることができるからです。
そのため、その場ですぐにマイクロアグレッションの発言者に、「今、なんと表現されましたか?」などと尋ね、自分が間違って解釈していないかを発言者に確認します。そのうえで、「そういう言い方をされると心から傷つく人もいるかもしれない」という学びを共有し、「どうすればこのようなことが二度と起こらないようにできますかね?」と問いかけて、皆で一緒に抑止策を考えてみましょう。
一方、マイクロアグレッションが無意識的に行われていると考えられる場合は、その場で話題にするよりも双方に後から別々に声をかける方法がよいかもしれません。
自分の感受性と他人の感受性はまったく同じではないため、もしかしたら受け手はマイクロアグレッションをされたとは感じていない可能性もあるからです。そのためまずは受け手側がどう受け取ったのかを確認します。
そこで受け手側がマイクロアグレッションであると感じていたら、この問題を発言者の側とも話し合ってよいかという点を受け手側に確認したうえで、発言者の側とも個別に対話の機会を設けます。このときには発言者に対しても、敬意を持って接することに気を付けましょう。無意識的に行われたと考えられる場合、発言者に受け手を傷つける意図はなかったといえるからです。
また、表現の仕方や言葉の使い方、言い方によって生じた誤解である可能性もあります。例えば、フランス語にも文字通り解釈するとひどい侮辱だと驚いてしまうような表現がありますが、これはフランス人にとっては一種の慣用句で普段から使われるコミュニケーションであるというケースがあります。そのような文化的背景を知らないために起こりうる誤解もあるため、思い込みに基づいた結論を導かないように気を付けることが大切です。
その後、発言者にお互いを受け入れ合い尊重し合うためにはどうしたらよいかについて考える「学びの機会」を提供します。このような過程を経て、「知らないから気づけなかった」という状態から「知っているから気づける」という状態を作れば、その後の関係をより深めることができます。
インクルージョンに関する様々な問題の多くは教育の欠如、つまりそのことについての知識がないことによって引き起こされるのです。意識的に行われたものであっても無意識的に行われたものであっても、一方の考え方を押し付けることがないよう、発言者を含めた組織の全員で再発がないように努力することが大切です。
マイクロアグレッションとうまく向き合っていくためには、知る・学ぶことと、勇気をもって実際に行動をすることが大切なようです。
人間の脳の働きからマイクロアグレッションはいつでも起こりうるものだという前提を持ち、もし起こった場合にはそれをきっかけに、組織のダイバーシティ&インクルージョンの強化に利活用できると良いですね。
多様な人々がお互いのことを理解し、問題を一つ一つ解決するプロセスを通して、その距離を縮めていく。この建設的なプロセスを仲間と共有しながら、あなた自身のウェルビーイングや、所属している組織のウェルビーイング向上に繋げてみてはいかがでしょうか。
※本記事はバネッサ・バロス博士とのインタビューによるオリジナル記事です。
参考リンク
・バネッサ・バロス(Vanessa Barros)博士について
・著書『Don’t Mess With My Professionalism!』