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インクルーシブ・ランゲージへの考察 vol.2-言葉の点検と変換の作業事例からのアプローチ

 インクルーシブ・ランゲージとは、多様性のある社会において、ある特定のグループを疎外しないように配慮した、中立的な表現のことです。

 前回のコラムでは社会言語学や国民文化の観点から、このインクルーシブ・ランゲージを捉えてみました。

 今回はその続きとして、人と組織に関する用語について階層主義的なニュアンスを持つ表現がないかを点検し、さらに発見された言葉をどのようにインクルーシブなものに変換していくかという実践的な視点でアプローチし、私たちの経験を踏まえた事例を紹介していきます。


階層主義的な用語はどのように分類できるか

 まず私たちは、階層主義的な人と組織に関する用語を洗い出していく作業の中で、この階層主義的な用語はニュアンスによって大きく3つのカテゴリーに分類できるのではないかということに気づきました。

 一つめは、「上・下タイプ」。二つめは、「内・外タイプ」。そして三つめは、「多・少タイプ」です。

 「上・下タイプ」とは、上の立場や階層の人が下の立場や階層の人を支配しているかのようなニュアンスを含むもので、まさに階層主義的な言葉の典型です。

 「内・外タイプ」とは、「ウチ」と「ソト」のグループ間に明確な境界があり、両者間で距離をとっていることを連想させるような言葉です。「ウチ」が上の立場であるという意味では「上・下タイプ」のニュアンスも含んでいるとも言えるでしょう。

 「多・少タイプ」とは、多数派と少数派を区別し、少数派にラベルを貼り異端視するようなニュアンスを含む言葉です。少数派に対して多数派は勢力的に「上」であることや、主流であるがゆえに「ウチ」側の側面があるとも言えそうです。

(図表1:階層主義的な言葉の三分類)

 これら3つのタイプの共通点としては、自分とは異なる人を排他的に見ているということです。そして、言葉によっては複数の要素を持っているものもあり、それぞれのタイプは上のベン図のように重なり合う関係で成り立っていると考えます。

階層主義的な言葉からインクルーシブな言葉へ

 私たちが階層主義的なニュアンスを持つと考える、人と組織に関する用語の具体例を下の表でいくつか紹介いたします。

(図表2:階層主義的な言葉の例)

 次に、私たちはなぜ、これらの言葉が階層主義的であると考えたのか、そしてどのような言葉へ変換したのかを説明します。

<上・下タイプ>

理念浸透→理念共有
 理念「浸透」という言葉は、「浸透させられる」側の視点では、自分たちが相手の考え方にただ一方的に染められてしまうという攻撃的なイメージを持つかもしれません。
 それを理念「共有」という言葉に変えることで、理念を伝えたい側と伝える先の相手が、上下関係ではなく対等な立場であるということを、より明確に示すことができるのではないでしょうか。

整理解雇→関係解消
 まず「整理」という言葉は、「整理される」側の視点では、自分たちが人ではなくモノとして扱われているような印象を抱いてしまう可能性があります。また、「解雇」という言葉は、強いネガティブのイメージがあります。
 そのため、「関係解消」という言葉を使うことで、上下関係のイメージを減らすことができ、立場が一緒であるというイメージを強めることができるのではないでしょうか。

買収→グループ化
 「買収」という言葉は、「買う側」と「買われる側」という、立場の上下関係を強く想起させます。
 そこで、「グループ化」という言葉に変換することで、モノのように「買われ」て支配下に置かれるのではなく、そのグループの「仲間になる」という、より平等的な印象を与えることができるのではないでしょうか。
 なお、楽天グループにおいても、グループ化した企業を「子会社」と呼ばずに「グループ企業」と呼ぶことで、インクルーシブな環境の構築を行っています。

試用期間→トライアル期間
 「試用期間」という言葉は、「試用する側」と「試用される側」という、一方的な上下関係を反映したニュアンスを与える可能性があります。雇用者と被雇用者間の関係は本来、より対等的な関係ではないかという視点からすると、試用期間とは企業側の視点だけのものではなく、雇われる従業員側にとってもその企業の「お試し期間」なのだといえるのではないでしょうか。
 そこで「試用」という言葉を「トライアル」という英語に変換することで、企業も従業員も、お互いにフィットできるかどうかを知るための「お試し期間」というニュアンスを持たせることができると考えます。

<内・外タイプ>

海外人材→インターナショナル・タレント
 日本語で「海外」という言葉は、日本の内側と外側を明確に区別するニュアンスが強くなってしまいがちです。また、「人材」の「材」という漢字には「才能」という意味もありますが、同時に「材料」という意味もあり、モノのように扱われているようなニュアンスを持つ人もいると思われます。
 そこで「海外」を「インターナショナル」に変換し、「人材」を「材料」という意味を持たない「タレント」に変換して組み合わせることで、内・外だけでなく上・下の階層主義的ニュアンスも緩和することができるのではないでしょうか。

<多・少タイプ>

女性管理職→管理職
 男性の管理職は「男性管理職」と言わず、女性の管理職のみ「女性管理職」と言うのは、女性の管理職がイレギュラーなケースで異端であるかのような印象を与える可能性があります。そのため男性と同様、単に「管理職」という言葉を使うことで、少数派のラベルを剥がすことが必要なのではないかと考えます。

(図表3:階層主義的な言葉と変換後のインクルーシブな言葉の例)

 これらはあくまで私たちの考えた一例にすぎません。皆さんも仲間とアイデアを出し合って、階層主義的な用語の発見とそれらをインクルーシブなものに変換していく作業に、挑戦してみてはいかがでしょうか。

言葉の発見と変換をする時のポイント

 私たちはこの一連の作業を通じて、日本語の、人と組織に関する階層主義的な用語をインクルーシブな言葉へと変換するプロセスには、2つのポイントがあると考えました。

 1つは、あなたがある言葉を言われたとして、その言葉によってあなたが「下」「外」「少」の感情を抱くものがあるかをよく注意して敏感に観察することです。また、それだけでは十分ではありません。あなたと性別や年代、社内でのポジションやライフスタイルなど、立場の違う人がどう感じるのかを聞いて、視野を広げていくことも必要でしょう。

 もう1つは、日本語の場合、英語など日本語以外の言語に置き換えてしまうことです。インクルーシブな言葉に変換する際に、日本語では表現が難しいものもあるかもしれません。そのような場合、日本語以外の言語でよりニュートラルでインクルーシブな代替案が見つけられそうか、検討してみてはいかがでしょうか。


 ことばは変化するものであり、その変化は社会的な状況が原因となっていることが少なくないこと、そして「ことばが社会を反映する」(注1)というように、言葉の成り立ちを社会の側から紐解くことが、社会言語学のアプローチでした。
 しかし反対に、私たちが使う言葉を変えることをまず起点として、それにより組織で働く人々の意識を変え、その結果、組織をよりインクルーシブでウェルビーイングな形へと変化させていくというアプローチも、可能なのではないでしょうか。


参考リンク
注1:専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科 社会言語学 (参照2022年8月31日)