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ハイブリッドワーク下でのオンボーディングの課題と対策 Vol.1 – 失われた「つながりの量と質」を確保せよ!

 ハイブリッドワークが、企業や職種によっては定着をしてきました。以前のように全員が常にオフィスで顔を合わせるのではなく、リモートでのコミュニケーションも行われることで、仲間との関わり方に変化を感じている人も多いのではないでしょうか。

 このような環境下ではオンボーディング、すなわち新しく組織に加わった人が組織に慣れ親しんでいくプロセスにおいても、以前とは異なる状況になっていると思われます。

 そこで今回のコラムでは、ハイブリッドワーク下でのオンボーディングでの課題、そして楽天グループにおけるオンボーディング時の取り組みの実例をご紹介いたします。


浮き彫りとなった、オンボーディングの課題

 リクルートマネジメントソリューションズ社は、対面での入社時研修が主流だった2019年4月新卒入社者と、リモートで研修が行われることの多かった翌年の2020年4月新卒入社者を対象に、オンボーディングに関する実態調査を行いました。(注1)
 その中の、「入社1年目を振り返って、仕事をうまく進めたり、組織や職場になじんだりする上で、役に立ったもの/もっとあったらよかったもの」についての設問(複数回答可)において、この入社時期の異なる2つの対象者グループの間で差がみられた項目が2つありました。

 それは、社内コミュニケーションにおける「同期との交流」「職場メンバーとの業務外の交流」です。この2つの項目は両方とも、2019年入社の社員の方が「役に立った」と回答した割合が多く、2020年入社の社員の方が「もっとあったらよかった」と回答した割合が多い結果となりました。

 このように、ハイブリッドワーク下でのオンボーディングには、社内の仲間との交流の機会の減少という課題があるといえそうです。とりわけこの2つの項目からうかがえることは、比較的カジュアルな雰囲気の中で行われる、組織のコンテクストの共有や、お互いをよりよく知ることができる機会を損失している、ということではないでしょうか。

社会組織化 ― 新たに組織の一員となる時の通過儀礼とは?

 新しい社員が組織の一員となり、組織に適応していく際には、「組織社会化」というプロセスを通過していきます。

 組織社会化とは、「組織への参入者が組織の一員となるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程」(高橋, 1993, p.2)と言われています。

 尾形(2008)は、組織社会化における学習内容を以下のように分類しました。

(図表1: 尾形(2008)「組織社会化過程の学習内容の分類」を基に作成)

 組織に新しく加わる人は、オンボーディングの過程でこのような学習内容を習得することが求められます。オフィスで全員が仕事をしていた環境下では、これらの学習内容に関する情報は新人研修のような公式のチャネルからだけではなく、前述のリクルートマネジメントソリューションズ社の調査結果でみられたような「同期との交流」や「職場メンバーとの業務外での交流」、あるいはオフィス内での雑談などの比較的非公式なチャネルを通じて得られていたものも少なくなかったのではないかと思われます。

 したがって、オンラインによるコミュニケーションが増加した今日の環境下での、組織における昨今の新たな課題とは、かつて対面での出会いの場を通じて得られていた人と人とのつながりや、そのつながりから得られていた情報の量と質を、どのようにして同じように獲得していけばよいかということだと考えられます。

楽天グループでの取り組み(1) つながりの量と質を確保する「50人1on1」

 楽天グループ内のある部門では、主にリモートワークで仕事をしていた2020年8月に、このような課題への取り組みを始めていました。

 部門の従業員を対象とした独自の調査結果からは、ハイブリッドワーク下において「同僚との結束感」「階層を超えた意思疎通」「情報へのアクセス」に課題があることがわかり、この結果を基に2つの取り組みが行われたのです。今回はそのうちの1つをご紹介いたします。

 最初の取り組みは、組織に新しく入ったメンバーが、組織の縦方向の階層や横方向のチーム間の枠を超えたコミュニケーションを、入社後の立ちあがり時点からよりスムーズに行えるようにすることを目的とした施策です。
 それは、「入社・異動後3か月以内の従業員」と「既存の従業員」との間のコミュニケーションの量と質を向上させるための、1on1ミーティングです。

 しかしながら、これは単に1on1ミーティングを何人かと行うというものではありません。新しく組織に入ってきた従業員には、既存の従業員50人と1on1ミーティングを行わなければならないという目標値が設定されていたのです。
これにより、立ちあがり時の情報の「量的」な側面をカバーしようとしています。

 チーム内でお互いを良く知る必要から、基本的にはまず自部署内のメンバー全員と1on1ミーティングを行います。そして他部署のミーティング候補者については、直属のマネジャー以外の人からも推薦を受けるケースがあるということが、この施策のもう一つのユニークな点といえるでしょう。またその際には、ミーティングを終えた他部署の人から、次の相手を紹介してもらう例も少なくないようです。

 このような場合には、ミーティング中の会話の内容などから推測して、「本人が必要としていそうな人」、あるいは「会話させてみたら面白くなりそうな人」を次に紹介しているケースが多いと思われます。
 したがってこの方法は、いわば「神の見えざる手」によって自然に適切な人へと次々と導かれていく調整が行われるだけではなく、直属のマネジャーでは想像ができなかったような意外なつながりが発生する可能性があるなど、人と人とのつながりの「質の向上」に寄与していると考えられます。

 また、この「適切かつ意外性のあるネットワークの構築」という質的な効果は、50人という数多くの人と1on1を行うという、量的な支援によるところが大きいのではないかと思われます。

 前述の尾形(2008)の組織社会化における学習内容と照らし合わせると、この「50人1on1」は新しいメンバーに「② 職場の同僚に関する名前、地位、趣味や性格、バックグラウンド」を知る機会を与え、紹介される人脈から「③ 組織内、職場内の人間関係」を推しはかることができ、50人という多くの人と話すことで「⑧ 組織や部門の役割」「⑨ 組織内、職場内での自分自身の役割」が見えてくるようになるといえるのではないでしょうか。 そのほかにも、会話の内容によって他の学習内容もカバーできるものがあると思われます。

(再掲 図表1: 尾形(2008)「組織社会化過程の学習内容の分類」を基に作成)

コレクティブ・ウェルビーイングとの接続

 さて、この50人1on1の取り組みは、当ラボが提唱する「コレクティブ・ウェルビーイング」の要素である「三間」(さんま:「仲間」「時間」「空間」)+「余白」と、どのように接続しているでしょうか。

(図表2: コレクティブ・ウェルビーイング(マネジメント編))

 図表2を見ると、この50人1on1は、「多様な価値観を持つ仲間とつながる機会の提供・仕組化」(仲間)や、「仲間:多様な仲間との雑談(間)の推奨」(余白)とうまく接続しています。この施策の性質や目的から考えても、三間のうちでは「仲間」との結びつきが最も強いといえるでしょう。

 加えて、例えば雑談の中で相手のライフスタイルやライフステージなどの違いを理解することで、「自分と異なるリズムへの理解」(時間)が深まることもあるかもしれません。 次回は、オンボーディング時のオンラインミーティングで有効に活用できるツールについてご紹介いたします。今回と次回の2つの施策を合わせると、三間をどのようにカバーできるのかを見ていきましょう。


 新しく組織に加わる人はすでにそこで働いている人に比べ、その組織での知り合いの数や情報量が少なく、それが立ち上がり時の不安要素となりがちです。ハイブリッドワーク下では、仲間との「交流の少なさ」がその不安に拍車をかけ、その交流の少なさが組織社会化のプロセスでの学習を遅らせる原因になっているかもしれません。

 リモートワークで世の中に浸透したビデオ会議のシステムはミーティングの場所を選ばず、かつ移動の必要がないために良くも悪くも比較的効率的にアポイントがとりやすい特徴があります。
 今回の50人1on1は、このハイブリッドワークの状況をうまく逆手に取り、新しく組織に入った人を多くの既存のメンバーと短期間で力強くつなげてしまう仕組みであると考えます。

 新しく組織に入った人の組織社会化や組織のウェルビーイング向上のため、皆さんの組織でもこのような取り組みについて考えてみてはいかがでしょうか。


注1:リクルートマネジメントソリューションズ「リモート前後の新入社員に聞く、入社1年目オンボーディング実態調査」 (参照2023年3月1日).

引用文献リスト
尾形真実哉 (2008).「若年就業者の組織社会化プロセスの包括的検討」『甲南経営研究』48 (4), 11-68.
高橋弘司 (1993).「組織社会化研究をめぐる諸問題」『経営行動科学』8 (1), 1-22.