Column

主将の照れ笑いにブチ切れて日本ラグビー界を変えたエディ・ジョーンズ監督

今年2月に『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』を上梓した、ピープル&カルチャー研究所アドバイザーを務める中竹竜二氏。「ウィニングカルチャー」は楽天ピープル&カルチャー研究所の研究テーマの一つでもあり、F Cバルセロナをはじめとする世界の常勝チームに共通するエッセンスについて、度々議論を重ねてきました。 

勝ちぐせのある強い組織文化はどのようにつくりだすのか。中竹さんはダイヤモンドオンラインで、「中竹竜二のウィニングカルチャー」を連載中です。今回は、ラグビー日本代表に関する記事をご紹介します。 


ラグビー日本代表が2019年のW杯でベスト8に入った背景には、“負け犬根性”からの脱却がありました(詳細は「ラグビー日本代表初のベスト8入りを裏側で支えた「組織文化」の変革」)。具体的に裏側で何が起こったのかをお伝えします。 

 W杯開幕戦のことです。 

 日本代表の最初の対戦相手は格下のロシアでした。落ち着いて試合を運べば大差で勝利できる相手です。 

 ところがこの試合で、日本代表は普段はしないような簡単なミスを連発しました。致命傷には至らなかったものの、ミスが原因となって最終的なスコアは30対10。かろうじて勝利を収めましたが、本来の実力差にはほど遠い結果でした。 

 試合後、選手たちは記者会見でこう語っていました。 

「マジで緊張して死ぬかと思いました」 

「今日は、ゲームの最初から本当に何をやっていいかわからなかったです」 

 初めて日本で開催されるW杯。それも勝って当たり前の格下チームを相手にした開幕戦。重いプレッシャーに緊張した選手たちは、自分をコントロールできずにいました。 

 私が注目したのは、緊張してミスを連発した事実を、選手たちが率直に明かしたことでした。彼らの態度と言葉にこそ、日本代表が構築してきた「ウィニングカルチャー」が象徴されていたのです。 

 スポーツ界ではこれまで、国代表の選手は堂々と振る舞うべしとされてきました。どんなに緊張してもそれを明かさずにいること。当然ながら弱音は許されません。 

 しかし、このチームは違いました。選手たちにムダな気負いが一切ありませんでした。 

 ジェイミー・ジョセフ監督の方針によって、日本代表チームでは、選手たちが普段から互いに弱さを含めた多様な感情をさらけ出し、失敗を認めることで学び合い、貪欲に強くなろうとしていました。 

 選手たちが伸び伸びとプレーし、ミスや弱さも認め合いながら、ともに成長して勝利を求めていくようなチームになっていたのです。 

 報道陣の前で率直に語った彼らの姿から、私は日本代表がこれまで構築してきた組織文化の一端を感じました。だから、日本代表は初のベスト8入りという成果を残すことができたのでしょう。 

 日本のラグビー界の歴史を振り返ると、当初から強いチームだったわけではありません。 

 むしろ長い間、“負け犬根性”から脱却できずにいました。それを厳しく指摘したのは、ジェイミー監督の前任のエディ・ジョーンズ監督でした。 

照れ笑いに激怒したエディ監督 

エディ監督が就任したのは2012年4月のこと。 

 当時、日本代表はテストマッチ(国・エリアの代表同士の試合)にも勝てない惨憺(さんたん)たる状況が続いていました。それも、負けに対して言い訳をする傾向が強かったのです。 

 アマチュア選手を中心に構成する日本代表が強豪国に勝てるわけがない。全力を尽くしたのであれば負けても仕方がないという考えがはびこっていました。 

「勝つことよりも、良い試合をすることに価値がある」 

 そんな状況で就任したのがエディ監督でした。彼は最初にこう宣言しています。 

「日本の“負け犬根性”を根底からくつがえす」 

 彼の指摘した“負け犬根性”が如実に表れたのが、エディ監督が就任して初めて采配を振るった試合でした。対戦相手はフランス代表ではなく、「フランス選抜」と呼ばれるフランス代表の2軍相当のレベルです。それに、日本代表は完敗しました。 

 エディ監督は負けた事実よりも、日本代表の選手たちの負けの捉え方に怒り、試合後の記者会見でいら立ちを爆発させました。 

 引き金となったのは、当時の主将・廣瀬俊朗選手が語った試合の総括でした。このとき、廣瀬選手は日本人特有の照れ笑いを浮かべながら、試合の感想を語りました。当人にとっては何気ない、さして意味のない表情だったはずです。同じく会場にいたほとんどの記者たちも違和感を覚えませんでした。 

 しかし、それを横目で見たエディ監督は、顔を真っ赤にして叱り飛ばしました。 

「おかしいことなんて何もないぞ! これこそが日本ラグビーの問題なんだ」 

 組織文化は、そこに属する人の表情や言葉など、ちょっとしたところににじみ出ます。当時の日本代表は、主将であっても負けた試合を悔しがらず、照れ笑いを見せるようなチームでした。 

 エディ監督はこの“負け犬根性”を根底からくつがえす変革をスタートさせました。 

負けを真剣に悔しがるチームに 

「世界の強豪に勝つには、選手の“負け犬根性”を変えなければならない」 

 組織文化を根底から変えるため、エディ監督は圧倒的な練習量を課しました。本気で追い込めば30分で再起不能になるようなトレーニングを1日5回も実践。早朝5時からハードワークを重ねて、選手たちの目を嫌というほど覚ましていきました。 

 当時の方針について、エディ監督は私にこう語っていました。 

「W杯の舞台に立ったとき、おれたちはどのチームよりも限界まで練習したという自信を植えつけたいんだ。このメンバーならそれをやりきれるはずだ」 

 エディ監督の信念の下、極限まで追い込むハードワークを続けるうちに、選手の行動が変わっていきました。早朝練習に備えて、夜9時頃にはほとんどの選手が就寝するようになり、規律ある生活が浸透していったのです。 

 選手一人ひとりのマインドも、試合の結果も変わりはじめました。 

 そしてエディ監督が廣瀬選手を叱った日から1年後の2013年6月、世界トップクラスであるウェールズとのテストマッチに、日本代表は23対8で勝利しました。 

 本気でやれば、勝てる。 

 そんな当たり前のことがわかると、チームの中に漂っていた“負け犬根性”はすっと消えていきました。代わりに言い訳をしない空気が広がり、それはやがて、がむしゃらに勝利を追い求める組織文化へ変わっていきました。 

 負けても照れ笑いをするチームから、負けたら本気で悔しがるチームへ。180度の大転換が起こりました。 

 エディ監督が3年間をかけて刷新した日本代表の組織文化。その土台の上に、ジェイミー監督は「ワンチーム」を掲げ、選手からチームスタッフまで、関係者が家族のように信頼し合える組織文化を構築していきました。 

 いくらスキルや身体能力が高くても、エゴの強い人間や自分だけを大事にする人間、陰口を言うような人間は仲間に入れない。ワンチームを浸透させるため、ジェイミー監督は選手やスタッフの間でコミュニケーションを徹底させました。 

 チーム全体の会話量が増えると、選手やスタッフは互いに弱みをさらけ出し、失敗を認め合うようになっていきました。 

 この結束力が勝利に突き進む組織文化になったと私は考えています。 

 1995年、第3回W杯で日本代表はニュージーランドに17対145で大敗し、W杯の最多失点として不名誉な記録を残しました。そして自信を失い、勝利に対する執着心を手放してしまいました。 

 それから24年──。 

 “負け犬根性”が染みついていた日本代表は、いまや世界ランキング10位(2021年1月16日時点)となり、W杯でベスト8に食い込むまでに大躍進を遂げました。 

 負け試合で照れ笑いを浮かべていたチームが、弱みをさらけ出して学び合い、一丸となって貪欲に勝利を目指すチームへ──。 

 大転換を実現したのは、世界レベルのコーチングに基づいたラグビーのスキルや戦略、戦術が成熟し、選手たちの身体能力が高まったことが主な理由ですが、それだけではありませんでした。選手一人ひとりが自律的に自分たちのチームの文化を変え、ウィニングカルチャーを根づかせていった結果だと私は分析しています。 

 ラグビーはこれまで、選手の体の大きさや強さが決定的に影響するスポーツだと思われてきました。その点、欧米人に比べて小柄で華奢な日本人が海外の選手に伍して戦えるとは誰も思っていなかったはずです。 

 しかし、実際には物理的な課題も乗り越えることができたわけです。 

 実現できたのは、チームにウィニングカルチャーが浸透したからに違いありません。 

 これは、ラグビー日本代表に限った話ではありません。チームや組織、企業など、ビジネスの世界においても、同じようにウィニングカルチャーが浸透すれば、強いチームをつくることができます。 


※本記事はDIAMOND onlineに連載中の「中竹竜二のウィニングカルチャー」より、ダイヤモンド社の転載許可を得た記事について掲載しています。 
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