個人が「幸せにはたらくこと」は重要なのでしょうか?仕事のパフォーマンスを向上させるのでしょうか?また、「はたらく幸せ」は拡大し波及していくものなのでしょうか?
株式会社パーソル総合研究所 シンクタンク本部研究員の金本麻里様より、「はたらくことを通じた幸せ」とその影響に関する研究結果についての解説をご寄稿いただきました(全2回)。
今回は第1回、「はたらく幸せ実感」は仕事のパフォーマンスを向上させる?です。
職業生活における「幸福」を扱った研究は、日本ではまだ数多くありません。パーソル総合研究所ではそのような幸福学研究に取り組み、2020年には「はたらくことを通じた幸せと不幸せの要因」を導出し、はたらくことを通じて幸せを感じることが、個人や所属組織のパフォーマンス、企業業績を高めるという結果も発表しています。
今回、この「はたらく幸せ」と「パフォーマンス」「業績」との因果関係をさらに明らかにすべく実証研究を行いましたので、本稿ではその結果をご紹介します。
「はたらく人の幸福学研究」に挑む
「人が幸福に生きるにはどうすればよいのか?」「幸福に生きることでどのような良い効果があるのか?」といった問いを探求する「幸福学」が、近年注目を集めています。人が感じる「主観的幸福感」は、古代ギリシャ・ローマの時代から探求されてきていますが、本格的に科学的な研究が始まったのは1980年代からです。
その後2000年代から、先進国の経済成長の鈍化に伴う人間的な満足感を重視する価値観へのシフトや、ポジティブ心理学の台頭が相まって、この幸福学の研究が盛んに行われるようになりました。
しかし、幸福学研究は欧米を中心に行われ、日本で職業生活における幸福を扱った学術研究はまだそう多くはありません。そこで、パーソル総合研究所では、はたらく人の幸福学研究を実施し、2020年7月に1回目の研究結果をリリースしました。
この研究では、はたらくことを通じた幸せと不幸せの要因を導出し、それらを「はたらく幸せの7因子/はたらく不幸せの7因子」として定義しています(図1)。また、研究結果から、はたらくことを通じて幸せを感じることが、個人や所属組織のパフォーマンス、ひいては企業業績を高めることが示唆されました。
ただ、これは1回限りの横断調査の結果のため、幸せがパフォーマンスを高めるのか、それともパフォーマンスが幸せを高めるのか、といった「因果の方向」については不明確でした。そこで次に、企業を対象にした実証研究として、同一人物に対して2回の縦断調査(※)を実施し、因果関係を明らかにしました(2021年5月リリース)。
※縦断調査:いくつかの社会的因子の間の因果関係を調べるために、同一の調査対象者に対して一定の間隔をおいて同じ質問を繰り返し行う調査。
図1.はたらく幸せの7因子/はたらく不幸せの7因子
はたらくことを通じた幸せがパフォーマンスを高めていた
調査の結果、まず「はたらくことを通じた幸せ実感(はたらく幸せ実感)」や「はたらく幸せ因子」が先行要因となって、個人のパフォーマンスや生産性、所属組織のパフォーマンスを高めている、という因果関係が明らかになりました(図2)。また、組織市民行動(職場メンバーへの利他・配慮行動)やジョブ・クラフティング(自身で仕事を魅力づける行動)、挑戦志向(新たなことにチャレンジする行動)といった、組織や仕事に対するポジティブな行動も、「はたらく幸せ実感」や「はたらく幸せ因子」によって促進されることが明らかになりました。
すなわち、従業員のはたらくことを通じた幸福を追求することが、福利厚生としての意味合いだけでなく、パフォーマンスの向上といった経営上の利益をももたらすことが定量的に確認できた意義深い結果といえます。
図2.「はたらく幸せ実感」「はたらく幸せの7因子」と「パフォーマンス」「行動」との因果関係
はたらくことを通じた幸せは、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントに先行する
また、「はたらくことを通じた幸せ実感」は、ワーク・エンゲイジメント(仕事へののめり込み度)や組織コミットメント(所属組織への愛着や帰属意識)の先行要因となっていることも分かりました(図3)。反対に、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントから、「はたらくことを通じた幸せ実感」への効果は弱い、あるいは効果がみられないこともわかりました。
さらに、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントが、パフォーマンスやポジティブな行動傾向を高めていたことから、「はたらく幸せ実感」の増大が、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントの増大を介して、パフォーマンスを高め、ポジティブな行動を促していることが示唆されます。
近年、サーベイによってワーク・エンゲイジメントや、組織コミットメントを測定し、マネジメントする施策が注目されています。「はたらくことを通じた幸せ実感」は、これらに先行するベースとなる心的状態であるため、この両者を高めるためにも「はたらく幸せ実感」の改善は必要なことであると考えられます。
図3.「はたらく幸せ実感」と「ワーク・エンゲイジメント」「組織コミットメント」との因果関係
(第2回へ続く)
※本記事は株式会社パーソル総合研究所 金本麻里氏の転載許可を得て、一部改変を行い掲載しています。オリジナルの記事はこちら。
・はたらくことを通じて幸せを感じることの効果とは-企業を対象にした実証研究の結果から- (2021/5/28公開)
参考リンク
・パーソル総合研究所
・はたらく人の幸福学プロジェクト(公開日:2020/7/15 最終更新日:2021/5/28)
・はたらく人の幸せに関する調査 結果報告書(2020年7月)
・はたらく人の幸せに関する実証研究 結果報告書(2021年5月)