「文化の違い」という言葉を目にすると、まず国や地域での違いを想起しがちです。しかし、文化とは国や地域に限定したものではなく、例えば同じ国の中でも会社組織によって別々のカルチャーを有していたり、同じ社内でも部署や社員の性別、年代の違いによってカルチャーが異なることがあるということは、十分に考えられます。
このような様々な文化の違いにより、コミュニケーションが困難になる経験を、皆さんはお持ちではないでしょうか?
そこで、2020年に著書『Don’t Mess With My Professionalism!』を出版された、LeadershipCQのCEO、バネッサ・バロス博士に、文化的背景の違いを超えて円滑にコミュニケーションを図る力、「カルチャー・インテリジェンス(CQ)」についてご寄稿いただきました。
全2回のシリーズで、今回は第1回です。
私、バネッサ・バロス(Vanessa Barros)は著書『Don’t Mess With My Professionalism!』の中で、「プロフェッショナリズム:プロとしての仕事の仕方」に世界共通の統一基準があると考えることの危険性、自分の世界観を押し付けることで、自分と異なる意見を持つ協働者を拒絶・疎外してしまうリスクについて提言を行いました。
カルチャー・インテリジェンスは「CQ」(カルチャー指数)という表現で語られることも多く、「異なる文化(カルチャー)的背景を持つ人々を効果的にマネジメントする能力」のことを言います。これはすなわち、カルチャーの違いを察知し、その違いを認識した上での戦略を立て、関わるあらゆる人にとって適切な「新しいカルチャー(第三のカルチャー)」を創造する能力のことです。
なぜ「CQ」が重要なのか?
世の中の企業統合・買収(M&A)の70%が、「カルチャーの違い」により失敗しているという統計があります。ここでいう「カルチャー」とは、企業文化や、国や地域に由来する国民文化のことを指します。
また、組織における障害・問題の60~80%が「従業員間の対立や衝突」に起因するという別の調査結果もあり、さらに最近の調査では、組織で働く人々が平均で1週間に2.1時間もの時間を「人間関係の対立・衝突の対応」に費やしているとの結果も出ています。
このデータを元にすれば、アメリカだけで年間約3,590億米ドルもの人件費を人的対立・衝突の対応に消耗している計算になります。「カルチャーの違い」は、そういった人間関係の対立をさらに複雑にする要因となり得ます。
だからこそCQはグローバルに活躍しようとする組織リーダーが備えるべき「成功の土台」となるツールになるのです。
「業務遂行能力さえ高ければ成功する。」海外赴任について信じられている神話のひとつにこういったものがあります。しかし、自国で優秀なマネージャーやエンジニアであったにもかかわらず、海外に出て適切なコミュニケーションやチームとの関わりができないという事例は存在するのです。
EQ(感情的知性:Emotional Intelligence)とCQ(カルチャー面についての知性)を同じものと捉える向きもあります。しかし、自国内で他人の感情を認識し、自分の感情をマネジメントし、他人と効果的に付き合うことができても、他国においてそれができないということは十分にあり得るのです。
他の文化圏の人々の感情の表現の仕方が、自分が慣れ親しんだ自国での表現の仕方と全く異なったらどうでしょうか?相手が発するサインを見逃してしまう、相手の態度について誤った不適切な解釈をしてしまうことも、あり得る話ではないでしょうか?
また、海外で暮らした経験があれば自然に高いCQを備えることになると考える人々もいます。しかし実際にどれだけのCQを備えることになるかは、その人が海外でどのような経験・体験を経たかに大きく左右されます。海外で生活しても、駐在員コミュニティの中に留まり現地の人々とほとんど交流せず、自国と同じような生活や習慣をそのまま継続しているような場合には、海外での長年の生活を経ても実際はCQが低いということが大いにあり得るのです。
CQの研究で明らかになっていることの一つに、「カルチャー・インテリジェンス(CQ)が高い人物は異文化間での交渉をうまく成功させられる傾向があり、新しい環境への適応力が高い」ということがあります。また、「他者との協働の中で結果を効果的に導くこと」「イノベーションを起こすこと」「リーダーシップを発揮すること」にも優れ、「不安やストレスに悩まされることが少ない」ということも明らかになっています。
CQとは何なのか?
カルチャー・インテリジェンス(CQ)とは、「カルチャー(ある集団が共有する規範や価値観)」を理解する力です。ここでいう「カルチャー」には、国ごとに形成される独自の文化のみならず、同じ企業に属する人々が形成・共有するカルチャー、同世代/同性/同業界の人々が共有する価値感・規範や、同質な人々がとりがちな行動様式などの、より広義な要素が含まれています。
CQはまた、人間の持つ「知能」の一つであり、他の知能(学力、運動感覚知能等)同様に以下4つの側面があります。
1. CQドライブ(意欲)
2. CQナレッジ(知識)
3. CQストラテジー(戦略)
4. CQアクション(行動)
CQドライブ(意欲)
異文化経験に足を踏み入れる時、人々は様々な不安や恐れに見舞われます。未知の世界への恐れ、愛する人との生活に関する恐れ、新しい環境における仕事上の挑戦についての恐れ…。そんな中で「異なる文化(カルチャー)を体験したい」と思う強い「意欲(モチベーション)」が存在することが、カルチャーの違いを越えて物事を進めるエネルギーを生み、困難に遭遇しても努力を続け、ストレスや不安を克服していくことを可能にしていくのです。
CQ における「意欲(モチベーション)」には、次の3つの要素があります。
- 内発的動機(自分の好きなことや情熱から生じるもの)
- 外発的動機(異文化経験に対する報酬として他者から与えられるもの)
- 自信(異文化環境で効果的なマネジメントを行えるという自信)
※特に3つ目の要素の「自信」は、成功への要因となる傾向が強いようです。
リーダーとして、チームのCQドライブ(意欲)を高めるには次のような方法があります。
- チームメンバー個々の意欲を引き出す誘因を見つけ、それに対する適切なインセンティブを設定する
- 多様性が認められる安全な環境を作り、個々の違いが存在する組織としての豊かさを奨励・歓迎・促進していく
- 異文化経験を通じたキャリア開発を後押し・奨励する
- チームが必要とするサポートをしっかりと提供していく
チームメンバーの動機付けの前に、自分自身がCQドライブを高め、体現することも必要です。
- 自分自身のモチベーションが何なのかを見つける
- 好奇心のアンテナを張り他者と対話をすることで、異なるカルチャーへの情熱を高める
- 自分のコンフォート・ゾーンから飛び出し、行動を起こす(これにより、自信が高まる)—例えば自分と同じような立場にあり共感できる人と会話し、それにより自分を奮い立たせていくこと。
また、仕事やプライベートでの人間関係において「困難に直面したとき、誰が自分を助けてくれるか」と考えてみることも重要です。そういった自分の持つ人的セーフティーネットを認識することで、人は勇気を持って前に進む一歩を踏み出すことができるようになります。
CQナレッジ(知識)
CQという文脈において有すべき「知識」とは、世界の様々な社会や価値観に関する全般的な知識のことです。また、民族や宗教に限らず、性別や世代などを含む様々なカルチャーにおける、人々の思考プロセスや物事の論拠(理由づけ)を理解することもここに含まれます。
「カルチャー」とは氷山のようなものであり、私たちの目に前に立ち現れるのはほんの一角に過ぎません。目に見えるカルチャーには、世の中に形として存在する「規範」や「制度」などが含まれます。一方、目に見えないカルチャーには、人々が共有する「価値観」や「信念」などが含まれます。
CQにまつわる「知識」を増やす一つの方法は、特定の文化の枠組みと、それに影響を与えている経済、法律、政治、宗教、習慣、常識、言語、教育、技術、芸術などの体系を理解していくことです。
もう一つ重要なのが、 へールト・ホスフテード博士、トロンペナールス博士、トリアンディス博士などの異文化研究者たちが定義した、以下に挙げられる文化的価値観の各要素について理解することです。
- 「個人主義」と「集団主義」:自らを定義する根本が「個人」なのか「属する集団」なのか。どちらをより重要だと考えているか
- 「権力格差」:人々の、権力との関わり方。「平等主義」か「ヒエラルキー主義」か
- 「不確実性の回避」:人々がどの程度、未知・曖昧な状況を脅威に感じるか
- 「時間の捉え方」:時間は「直線的で厳格なもの」と捉えるか「円曲的で柔軟なもの」と捉えるか、「長期志向」で考えるか「短期志向」で考えるか
- 「ハイコンテクスト」と「ローコンテクスト」:人々が積極的に語るか、黙っているきらいがあるか。直接的なコミュニケーションをとるか(ローコンテクスト)、 間接的な方法で表現するか(ハイコンテクスト)
これらの文化的価値観はすべて個別的なものです。とあるグループの人々は、一方の価値観を他方の価値観よりも重要視する傾向があり、これを「ソフィスティケイテッド・ステレオタイプ」と呼びます。例えば「フランス人は中国人よりも個人主義的な傾向がある」などがその一例です。
しかし、集団主義的なフランス人もいれば、個人主義的な中国人も存在します。したがって、ステレオタイプによる思い込みのみで判断しないという姿勢も大事です。このため、次に挙げるCQストラテジー(戦略)が重要となってきます。
今回は、カルチャー・インテリジェンス(CQ)とは何か、そしてCQの4つの側面のうち、「CQドライブ(意欲)」と「CQナレッジ(知識)」についてお話ししました。
次回は残りの2つの側面、「CQストラテジー(戦略)」と「CQアクション(行動)」についてお話しします。
参考文献
・Ang, S. & Van Dyne, L. 2008 “Conceptualization of Cultural Intelligence” in Handbook of Cultural Intelligence: Theory, Measurement, and Applications (Armonk, NY: M.E. Sharpe, 2008), 3.
・Barros V. 2020 Don’t Mess With My Professionalism!. Penguin Random House.
・Hofstede, G. 1980,2001. Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors, Institutions and Organizations Across Nations. Thousand Oaks, CA: Sage Publications
・Sternberg, R. J. (1980) Reasoning, problem solving, and intelligence. In: Handbook of human intelligence, ed. Sternberg, R. J.. New York: Cambridge University Press.
・Trompenaars, F. 1993. Riding the Waves of Culture: Understanding Cultural Diversity in Business. London: Economists Books.
・Triandis, H.C. 1994. Culture and Social Behavior. New York: McGraw-Hill.
※本記事はバネッサ・バロス博士によるオリジナル記事です。
参考リンク
・バネッサ・バロス(Vanessa Barros)博士について
・著書『Don’t Mess With My Professionalism!』