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ウェルビーイングな「空間」を具現化したオフィス Vol.1 – 楽天での事例から見える「空間」づくりのヒント

オフィスの入口を入ると、家型のやぐらスペースが従業員を迎えます

 楽天ピープル&カルチャー研究所は、コロナ禍で働き方が変化した時代において、持続可能なチームの在り方を検討し、「コレクティブ・ウェルビーイング」という新しいコンセプトを提唱しました。

 このコンセプトでは、「企業」と「働く個人」の両側面から、3つの要素「仲間」「時間」「空間」(三間(さんま))の設計と、それぞれに「余白」を設けることが大切だと定義しています。

 今回は、三間のうちの「空間」に焦点を当て、楽天グループのオフィスでの事例から、皆さんの「空間」デザインのヒントとなる要素をご紹介します。


ウェルビーイングな「空間」デザイン

 当研究所では以前に、コレクティブ・ウェルビーイングのガイドラインをダウンロードされた企業の皆様にアンケート調査やインタビューを実施させていただきました。

 その結果、三間のうち着手がしやすいものは、個人レベルの活動や努力ですぐに始められるものが多い「時間」「仲間」との声が多く寄せられました。一方、「空間」は設備や工事など大掛かりになるような、個人では対応が難しいハードウェアの課題が発生することがあり、着手に難しさを感じている方が多く見受けられました。

 この「空間」への取り組み事例として、楽天グループのオフィスの設計や施工管理を担当するファシリティマネジメント部が、当研究所のコレクティブ・ウェルビーイングをコンセプトに取り入れてデザインした、東新宿にある「新宿イーストサイドスクエア」オフィスがあります。
 今回はその現場に視察に行き、担当者の櫻井さんにインタビューを行いました。

東新宿のオフィスの概要

 櫻井さんは、普段どのようなお仕事をされているのでしょうか。

櫻井:楽天グループの新しい拠点を作る時に、オフィスのコンセプト作成や設計・施工までの全工程を一貫したプロジェクトマネジメントを行っています。コンセプトや意図がきちんと反映された形になっているかの検証、工事に不具合がないような段取りや進捗管理、できあがったものの品質管理なども含まれます。

 では、このオフィスの概要について教えてください。

櫻井:今回構築したオフィスは、すでに東新宿にある弊社の拠点の増床です。オフィスは長方形で、面積は約1,800坪。これはだいたいサッカーコート一面くらいのイメージです。これを2フロア増床し、約2,700人が入居可能です。

 オフィスはいくつかのゾーンに分かれているのですか。

櫻井:このオフィスは、大きく3つの要素で構成されています。それは①執務席ゾーン(個人の席)、②コミュニケーションゾーン(社内会議室、オープンコミュニケーションエリア、リラックスエリア)、③パーソナルゾーン(ブース席、Meeting Pod)です。
 執務席を中心として、コミュニケーションゾーンとパーソナルゾーンを配置しています。また、人員増にも柔軟に調整できるよう、シンプルでフレキシブルなゾーン配置を意識しています。

(図1:3つのゾーンで構成される東新宿のオフィス)

 遠くまで見通せる感じですね。

櫻井:オフィスはオープンオフィス設計となっており、基本的にオフィススペースに壁はありません。会議室やMeeting Pod(電話BOX型個室ブース)以外は壁やデスクパネルを設けず、非常に見通しがよく、活発なコミュニケーションを促進して、一体感を得ながらも解放感のある空間を意識しています。

(図2:オープンオフィス設計)

櫻井:このオープンオフィス設計は、楽天の拠点に共通した考え方です。楽天の拠点の共通事項はその他にもあります。
 例えば打合せや相談、ブレインストーミングなど仲間とコミュニケーションをとりたいときにすぐアクションを起こせるフリースペースを執務席の近くに配置していること、そして健康的で効率的なオフィスワークを実現するため、執務席には電動昇降デスクを採用していることです。

 ここ東新宿のオフィスに関わらず、楽天グループのオフィス設計には元々、コレクティブ・ウェルビーイングの「余白 – 空間:場所や協業ツールの選択肢の提供(マネジメント編)」や「空間:能力を最大限発揮するような環境やツール(個人編)」の要素が、すでに取り入れられていたとも考えられますね。

(図3:フリースペース①)
(図4:フリースペース②)

ゆるやかな境界線で「余白」を表現する

 この東新宿のオフィスのコンセプトについて教えてください。

櫻井:2030年に向けた楽天の経営ビジョン(Vision 2030)には、ビジネスの成長を支える3つの柱のうちの1つに、「Talent」というものがあります。私たちの部署ではこのVision 2030に対して、どのような貢献ができるのかを考えました。
 結論としてそれは、楽天に必要な、多国籍・多様なバックボーンを持つ優秀な「人財」が集まり、共に働き、誇りに思えるようなオフィス環境の実現だ、ということになりました。

櫻井:私個人としては、「自分の居場所が確保できること」「スイッチの切り替えができること」「居心地の良さ」の3つが大切だと思っています。特に、いろいろなニーズのある個人やチームの要望をカバーできる「居場所の確保」は、その3つの中でもウェイトは大きいです。
 また、みんなで集まってチームで答えを出すことができる環境、アイデアを出しイノベーションを生み出す環境にしたいという思いもありました。

 コレクティブ・ウェルビーイングの「空間」を、このオフィスのデザインでどのように表現しようとしましたか。

櫻井:余白である「間(ま)」をどのように捉えるか、ということに気をつけました。私たちがここで考える間とは「ゾーニング」のことで、空間をどのように区分するか、ということです。各ゾーンに明確に区切りをつけず、領域を曖昧にし、緩やかに自然とレイヤーがシフトして切り替わっていくような感じにしました。
 こうして全体として緩やかな一体感を持つことにより、自然といろいろな場所に行き来できるような雰囲気にしています。

(図5:執務席とフリースペースの間の、ゆるやかな境界線)

 境界が曖昧であることで、移動することのハードルを下げ、また移動を促す効果がありそうですね。

櫻井:明確に壁を作ってしまうと、その向こうで誰が何をやっているかわからない、というようなことがあります。見えないところでさぼっているように思われてしまうようになると、その場所は使いにくいものになってしまいます。そうすると自分の好きな場所があっても、そこに行きにくい雰囲気になってしまいます。

 フルオープンでもなく、完全に隠れているわけでもないということですね。

櫻井:それが「空間」における「余白」の、私たちなりの表現かと思っています。好きな場所があることは、移動することへの大事なきっかけになります。そして、そこへ移動しやすい雰囲気を作ることも大切です。身体的移動は脳への刺激となり、次のアクションに向けた切り替えを促します。そんなきっかけが生まれやすいオフィス環境を意識しました。

(図6:全解放でも閉じられてもいない、「余白」を意識したゾーニング)

視覚情報や体感を意識する

 オフィスをデザインする際に、他にはどんな点にこだわりましたか。

櫻井:目的によって選びやすいように、場所ごとに変化をつけるようにしています。
 例えば、ミーティングやハドル(必要な時に短時間だけ集まって行うミーティング)を行うスペースで、短時間でさっと意思決定したい時には、クール系の青を基調とした場所を用意しました。また、活発なディスカッションを行う時のために、異なる高さや様々な色が混ざったスペースも用意しています。さらに、チームビルディングや1on1ミーティングを行う場所として、ぬくもりを感じる手触りのテーブルや椅子を設置しています。

(図7:活発なディスカッションを促す、様々な色や形のある場所)

 オフィスで目に入ってくる情報もデザインされているのは、興味深いですね。

櫻井:目線を変えることもテクニックの一つかと思います。
 例えば、何か「気付き」を得たい時などは、目線の高さを変えてみるのもよいです。「視座を上げる」という言葉がありますが、そういった高い目線で物事を考えるときには、座る位置を高くすることが良いのではないでしょうか。逆に目線を低くし、いつもとはちがった視点で空間をみることも新たな気づきを生むきっかけとなるかもしれません。

(図8:クールで、視座の高い場所)

 物の見方や考え方を変えるために、まず物理的なポジションを変えてみるということですか。

櫻井:私はそういうものは体感的なものや物理的な刺激とリンクしているのではと考えています。
 例えばアイデア出しをする時は、歩いたりして動き回っているほうが良いと言われていますね。また、フラットなオフィスですと見た目は単調なため窮屈な印象になりますので、創造的に仕事をしたいなら立体感を出すこともポイントかと思います。

 このオフィスは、外に出ずに中で回遊しているだけでも、ある程度の目線の変化や立体感を体感できる仕組みになっているのですね。

(図9:床を一段下げて、いつもと違う視点を持てる場所)

「あっち寄りの、こっち」な場所

 実際にここで仕事をされている方からの反応はいかがでしたか。

櫻井:コロナ禍でリモートワークが中心になった時期があったことで、みんなでコミュニケーションができる機会が不足しているという課題がありましたので、それに対応する必要性を認識していました。
 ここでは、すぐに集まってコミュニケーションできる場所がいくつもあります。会議室やリモート会議用のブースも豊富で、場所の確保によるストレスなく働けます。もちろん、自分の机以外で気分転換しながら働ける場所もたくさんあります。これが最も多かったフィードバックでしょうか。

 本社ビルよりもリモート会議用のブースの数が多くてうらやましいです(笑)。ブースも一人用だけでなく、2人での1on1ミーティングに適したものもありますし、ある程度まとまって配置されている場所がありますね。

櫻井:他社の視察をしたときにこのようなブースの配置の仕方があるのかと、目から鱗でした。やはりブースの数が多いと安心できますよね。

(図10:遮音性の高い、十分な数のMeeting Pod)

 遮音されているので、このブースがたくさんある一角はミーティングがたくさん行われていても静かですね。ブースのそばに、リラックスできるスペースが配置されているというのもよいですね。

櫻井:いろいろな空間が交じり合っています。働いている人の横で、少し休憩している人がいる、というような。

(図11:Meeting Podの側の、休憩や静かに仕事ができる場所)

 空間がデジタルにオン・オフで区分けされていませんよね。

櫻井:場所を「あっち」と「こっち」で明確に分けるのではなく、「あっち寄りの、こっち」のような場所があってもよい、と考えています。

(次号へ続く)


 ここで、楽天の東新宿のオフィスが、コレクティブ・ウェルビーイングのコンセプトをどのように取り入れているのか、改めて確認してみましょう。

(図12:コレクティブ・ウェルビーイング マネジメント編)

(図13:コレクティブ・ウェルビーイング 個人編)

 まず物理的空間の演出(空間)を行い、さまざまな状況や目的に対応できる場所や協業ツールの選択肢(余白:空間)を多く持つことで、多様な価値観を持つ仲間とつながる機会を提供(仲間)しています(マネジメント編より)。

 また、リラックスして心身を休める場所(余白:場所)を作り、計画的な休息(余白:時間)やオン/オフの切り替えや、スイッチを切り替えることができる環境(時間)も提供しています(個人編より)。
 そこでは、多様な仲間との雑談(余白:仲間)をすることも可能でしょう(マネジメント編より)。

 このように東新宿のオフィスは、「余白」を意識した「空間」をデザインすることで、「時間」を区切ることや「仲間」をつなぐ環境を整えていると言えるのではないでしょうか。

 また以前、当研究所のアドバイザリー・ボード・メンバーに、これからのオフィスの在り方について聞いたところ、今回のオフィスのコンセプトに関連のある回答では、次のようなものがありました。

ニーリー氏「オフィスは(場所でなく)道具である。」

石川氏「目的に応じた空間に移動することが大事。移動をすることでスイッチが切り替わる。」

永山氏「創造性を育むには、場所を移動することが重要。様々な場所で仕事をしている人ほど、生産性やウェルビーイングが高い。」

八木氏「オフィスにいれば、空間をシェアしている人たちとちょっとした思い付きを、思いついたときに容易にシェアすることができ、リモートで一人きりで仕事をするよりもイノベーションを起こしやすい。」

 楽天の東新宿のオフィスは、このようなこれからのオフィスの在るべき方向性に沿った、働く人や組織のウェルビーイングを体現しやすい場所になっていると言えそうです。

 今回の記事が、皆さんの職場での「空間」を整えるためのヒントとなれば幸いです。