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「サービス・インクルージョン」への取り組み Vol.1 – DE&I施策と事業・お客様を繋ぐ

 皆さんは、街で、あるいはネット上でサービスを利用する時に、「ちょっと違うんだけどな」と思ったり、「使いにくいなあ」とストレスを感じたりしたことはないでしょうか。たとえばお店で、女性というだけで華やかな色合いのものを薦められたり、左利きの人に適合した商品が少なく生活が少し不便であったり、あるいは道で段差が多くベビーカーを押しながら歩くのに苦労したりなど。

 世の中には多様な人々が生きていますが、多くの商品やサービスは「マジョリティ(多数派)」を想定してつくられているため、このような不快・不具合があちらこちらに存在します。

 楽天ではこうした課題を解決していこうと、コーポレートカルチャーディビジョンのDEIB(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン&ビロンギング)*1を推進するチームが中心となり、事業部門や人事部と連携しながら「サービス・インクルージョン(サービスにおける包摂性)」と呼ばれる活動を推進しています。


「サービス・インクルージョン」とは

 昨今、インクルーシブな視点をビジネスに取り入れる企業が増えています。代表的なものとしては、アニー・ジャン=バティスト氏が提唱した「プロダクト・インクルージョン」 (Jean-Baptiste, 2020)*2です。プロダクト・インクルージョンについてはジャン=バティスト氏の著書『Google流ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』(ビー・エヌ・エヌ)に詳しく記載されておりますが、年齢・性別・人種・障がいの有無・性的志向などすべての属性を超えて、プロダクトを快適に体験できることを目指した方法論です。

 I Tカンパニーでありプラットフォーマーである楽天の事業においては、製品を意味する「プロダクト」より「サービス」の提供をメインとするため、「サービス・インクルージョン」と名前を変えました。ジャン=バティスト氏の考えをベースに楽天の視点を加えてフレームを構築し、サービスにインクルーシブな視点をもたらそうとしています。

 そこで、社内で幅広く「サービス・インクルージョン」について説明することを想定し、「サービス・インクルージョン」とは一体どのようなものかを次のようにまとめました。

 「サービス・インクルージョン」とは、サービスをあらゆるユーザーにとって利用しやすいものにしていく活動全体のことであり、提供しているサービス1つひとつに関して、その企画からリリースに至るまでの主要な意思決定プロセスにインクルーシブな視点を取り入れることです。ここにおけるインクルージョンとは、あらゆるバックグラウンドを持つ多様な人々をお客様として想定し、サービスの受け手として誰をも排除せず、疎外感を持たせないことを意味します。

 つまり、「サービス・インクルージョン」を推進することは、すべての人にサービスを届けることにつながると言えるのです。

なぜ「サービス・インクルージョン」に取り組むのか

 具体的に「サービス・インクルージョン」のフレームをご説明する前に、なぜ楽天がサービス・インクルージョンに取り組むのかに触れたいと思います。

 Jean-Baptiste (2020)によると、インクルージョンが大事な理由は2つあり、1つは人々を大事にするため、もう1つはビジネスで競争優位を得るためとのことです。また、インクルーシブなビジネスの実践ができない企業は、収益やブランド、評判をリスクにさらすことになるとも述べられています。

 このことから、多様性やそれによるニーズへの配慮と対応がなされるようになると、ブランドイメージの強化・向上が図れ、多様な消費者への配慮に欠けるマーケティングによる炎上など、ブランド毀損のリスクを回避できると考えられます。

 またジャン=バティスト氏は、インクルーシブなプロダクトやサービスを提供することで、何兆ドルもの世界の支出を活用するチャンスが手に入るとも述べており (Jean-Baptiste, 2020)、多様な人へサービス提供のスコープを広げることによって、従来のマジョリティのみへのアプローチよりもビジネスの拡大が可能になることを示唆しています。

 こうした事業上の合理的なメリットを享受したいのは当然のことですが、私たちにとって何よりも重要なことは、多様な属性や価値観を持つすべての人に、楽天のサービスが「使いやすい」「使いたい」と思ってもらえることです。なぜなら、楽天グループのミッションは「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」ことであり、「サービス・インクルージョン」に取り組むことは、そのミッションを達成するためのアプローチの1つだと考えるからです。

インクルーシブな視点が求められる4つのプロセス

 ここで、ジャン=バティスト氏が提唱するプロダクト・インクルージョンから、インクルーシブな製品開発を進めるための方法論とはどのようなものかをご紹介します。

 ジャン=バティスト氏は、4つのプロセス(アイデア出し、UXリサーチとデザイン、ユーザーテスト、マーケティング)に必ずインクルーシブな視点を導入すべきだと述べています (Jean-Baptiste, 2020)。

(図1: サービス開発においてインクルーシブな視点が求められる4つのプロセス Jean-Baptiste (2020)を基に、楽天DEIBチームが作成)

 上図の4つのプロセスを簡単にまとめると、次のようになります。

  • アイデア出し:ターゲットとなるお客様や活用のシチュエーションを特定するにあたり、多様な視点のユーザーからのインプットをもらう
  • UXリサーチとデザイン:従来は想定外だったお客様に向けたサービス開発に取り組むことにより、デザインや機能などをどのように変更するのかを検討する
  • ユーザーテスト:ユーザーテストに参加するユーザーの背景、属性を多様にし、フィードバックの視点を多様化する
  • マーケティング:多様なユーザー層をロールプレイしながら施策を立案・PRし、実行に移す

 近年、完成したサービスを届けるフェーズ(前述の4つのプロセスのうちではマーケティング)では、インクルーシブな視点を重視したものを目にする機会は増えました。広告のモデルの人種や体型が多様であるのが、その一例です。そうした広告などで紹介される商品やサービスがどれだけ開発段階でインクルーシブな視点を取り入れているかは、外には表出しにくくわからないのが現実です。実際、私たち楽天のサービスについて各事業部にヒアリングを行った際には、フェーズ1〜3を意識的に実践できているケースがそれほど多くありませんでした。

 私たちのすべてのサービスに関して、本当に多様なユーザーに「使いやすい」「使いたい」と感じてもらおうとするならば、「こんなサービスを、こんな人たちに向けて作りたい」という初期のアイデア出しの段階から、多様な属性、価値観の人々の意見を取り入れることに真摯に向き合うことが重要だと、社内ヒアリングを通じてあらためて認識しました。

多様な人々の意見をいかに取り入れるのか

 どのようにして多様な人々の意見を取り入れていくのか。これは、「サービス・インクルージョン」を実装するための非常に重要なトピックの1つです。

 従来日本企業で議論されてきた、多様性の推進に始まる一連のDE&Iに関する人事的施策は、その先にある事業貢献へのつながりを見出せずに来たように見えます。今回ジャン=バティスト氏の示唆により私たちが気付かされたことは、先述の多様性の推進に対して、事業貢献というゴールから逆算して考えることの重要性でした。つまり、あらゆるお客様に自社サービスを気持ちよく利用していただくためには、そのサービスの成長や発展に関して、チームメンバーそれぞれが持つ多様な視点を議論の場に持ち込むことが重要なのです。
 この多様な視点、「インクルーシブ・レンズ」(Jean-Baptiste, 2020) は、ジャン=バティスト氏がとても強調していることの1つです。

 楽天は世界中でサービス展開をしており、国内においても多様な文化的背景を持つ仲間たちが働いています。また、LGBTQ+コミュニティ、障がいのある方々、育児や介護中の人々をはじめ、多様な背景を持つ多様な働き方を望む人たちがいます。しかし、すべてのチーム内に、そこでつくるサービスのターゲットとなる多様な「当事者」に当てはまる多様なメンバーをきっちりと揃えるのは、実際には難しいことです。

 そうした場合でも、当事者であるお客様の声を聞きにいく、あるいは社内の当事者の声を聞きにいくなど、その人たちの考えや行動スタイル、真のニーズをインプットする方法はいくらでも見つけられます。チーム内の従業員の属性バランスを整えることだけが手段ではありません。

 そして、もう1つ、楽天において私たちの活動を支えてくれているのが、社内の従業員リソースグループ(ERG)です。ERG(Employee Resource Group)とは、組織の中で同じ特性や価値観を持つ人々とそれを支援する人々が主体となり、そのグループが持つ問題意識や課題を解決しようと活動するものです。楽天の中にも、障がい者やLGBTQ+、ジェンダーなど、さまざまなERGが存在し、「サービス・インクルージョン」の推進にあたっては彼ら彼女らとの連携は欠かせません。


 ジャン=バティスト氏は、マイノリティのためにデザインされたものは結局マジョリティのためにもなると言います。例えば、耳の不自由な方が使用する字幕機能が母国語話者でない人にも活用されていたり、足の不自由な方のための段差をなくす歩道の傾斜がベビーカー利用者などにとっても便利になったりするなど、結果的にすべての人に不都合がなく、幅広いメリットをもたらすことが多いとのことです (Jean-Baptiste, 2020)。

 多様なお客様に疎外感を与えることのないサービス提供と、企業の成長をリンクさせること。関わる人々すべてが自分ごととして「サービス・インクルージョン」を成功させるには、この視点が欠かせないのではないでしょうか。

 次の記事では、私たちがどのように「サービス・インクルージョン」を進めているのか、より具体的にご紹介します。



*1:ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包摂性)、エクイティ(真の公平性)、ビロンギング(帰属意識)
*2:Jean-Baptiste (2020)では、「プロダクトインクルージョン」と表記

引用文献
Jean-Baptiste, A. (2020). Building For Everyone: Expand Your Market With Design Practices From Google’s Product Inclusion Team. NJ: John Wiley & Sons, Inc.(百合田香織訳『Google流ダイバーシティ&インクルージョン:インクルーシブな製品開発のための方法と実践』ビー・エヌ・エヌ, 2021年)

参考リンク
プレスリリース「楽天、インクルーシブな視点で多様性に配慮したサービス提供を行う「サービス・インクルージョン」を開始」