前回の記事では、「サービス・インクルージョン」の概要についてお伝えしました。「サービス・インクルージョン」とは、サービスの受け手として誰も排除しないように、あらゆる場面において多様な人々のニーズや視点を尊重し、その企画からリリースに至るまでの主要な意思決定プロセスに、インクルーシブな視点を取り入れることです。
今回は、楽天ではどのようにこの「サービス・インクルージョン」の取り組みを進めているのかをお伝えします。
「サービス・インクルージョン」を実践するための4つのフェーズ
下図は、アニー・ジャン=バティスト氏の著書『Google流ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』(ビー・エヌ・エヌ)(Jean-Baptiste, 2020) の情報を参考にしつつ、私たちが楽天で「サービス・インクルージョン」を進めていくための展開ステップをまとめたものです。これは、4つのフェーズに分かれています。
最終目的は、楽天のサービスがすべての人にとって利用しやすい状態をつくることですが、楽天にはサービスが70以上あるために一朝一夕では難しい。そこで、まずは1つ成功事例を作って「型化」し、そしてそれを全社に横展開していくことを目指して本取り組みを推進しています。
フェーズ1:インクルーシブな意識とカルチャーへの変容
最初のフェーズ1は、サービスに関わる人の意識(マインドセット)とカルチャーを、多様性と向き合い適切な言動を選択できる状態に整えることです。すべての前提となるダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(以下DE&I)に対してある程度の知識理解と共通認識をそれぞれの組織で作ることを目指します。
前回もお伝えした通り、楽天のミッションは、「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」ことです。また、その実現のために従業員が共有している「楽天主義」という価値観・行動指針も存在しており、ミッションと並んで企業文化を醸成する重要な役割を果たしています。
社内公用語英語化により多様なバックグラウンドを持つ従業員が増えたことや、企業買収を通じてまったく異なる価値観や企業文化を持つ組織が参画してくることで、共通の方向性や価値観をもとに求心力を高めることが求められてきました。
一方で、その活動のみに注力すると、多様なバックグラウンドを持つ個人や組織にとって、非常に排他的な環境になってしまったり、特定の価値観を押し付けることになってしまったりするかもしれません。したがって、楽天の企業文化は、「共通の方向性や価値観を共有すること」と「ダイバーシティ関連施策の推進」を両軸として、多様な個人が同じ方向に向かって能力を発揮できる職場づくりをしていくことを社内規定に定め、活動を推進しています。
具体的には、DE&Iの基礎知識の習得や関連する楽天の既存の取り組みの理解を促すべく、人事部門とコーポレートカルチャー部門のダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン&ビロンギング(以下DEIB)グループが連携して、ワークショップや勉強会、Eラーニング等を実施しています。
スポーツ業界における「サービス・インクルージョン」施策の事例
これによる成果は既に出ています。「東北楽天ゴールデンイーグルス」(以下「楽天イーグルス」)や「ヴィッセル神戸」の運営会社に対し、DE&Iに関する認知向上のためのワークショップを開催しました。その後、「楽天イーグルス」の「ガールデー」と冠したイベントや、「ヴィッセル神戸」の女性をターゲットとしたイベントについて、特定の属性以外の方々に疎外感を与えないように、よりインクルーシブな名称に変える、そしてイベント特設サイトのキービジュアルでも性別に対するステレオタイプの色使いを変更するアクションへとつながっています。 担当者が学んだことで意識(マインドセット)が変わり、それが変化として表れた好例です。
フェーズ 2-1:自分たちのサービスがどの程度インクルーシブであるかの現状理解
フェーズ2ではまず、現場や自社サービスがどれだけインクルーシブな状態になっているのか、それに携わる人々の意識レベルについて、現状を理解することが起点となります(フェーズ 2-1)。それを踏まえて、短期、中長期の計画を立案し、プロジェクトに対する経営層や事業責任者との合意形成を進めていきます(フェーズ 2-2)。
私たちの場合、現状理解のために楽天グループ内の各サービスの事業責任者をはじめ、開発担当、品質管理担当、PR・マーケティング担当に対して、ヒアリングを実施しました。楽天には70以上のサービスがありますが、まずは直接エンドユーザーに対して提供しているBtoCサービスに限定し、「事業として既に行っているインクルーシブな取り組みはあるか」「過去にDE&Iの観点が十分でないマーケティングについてフィードバックはあったか」といった質問をし、担当者とディスカッションをしました。
一連のヒアリングを通じてわかったことは、サービス毎にDE&Iへの取り組みの実態も担当者の意識も様々であることです。いくつかのサービスは既に、サービス・インクルージョンと同様の考え方を重視し、多様なユーザーに対するアクセシビリティを追求するなど、サービス開発に組み込んでいました。
例えば「楽天トラベル」は、訪日外国人向けの予約サイトの画面のレイアウトを、外国人の視点も踏まえて使いやすいものにしています。また、7つの言語に対応し、12種類の通貨を利用できます。
フィンテックサービスにおいても、同性パートナーがいる人々へのインクルージョンという形で対応が進んでいるサービスがあることが確認できました。
「楽天銀行」では、パートナーシップ証明書の提出なしで住宅ローンを連帯債務で申し込める、LGBTQ+の人々への専用サービスがあります。また、「楽天生命」の死亡保険金の受取人や「楽天損保」の自動車保険や火災保険といった主力商品の補償対象には同性パートナーが含まれるなど、法律上の配偶者に限定していなかったり、「楽天カード」では同性パートナーも家族カードの申し込みができたりするなど、多様なユーザーを意識したサービス開発とマーケティングが展開されています。
上述のような事例は既にあるものの、全体的にはサービスに関わる従業員のDE&Iへの意識が十分であるとは言い切れませんでした。また、これから様々な取り組みを検討する段階だと回答するサービスも見られました。
このことから、フェーズ4の「サービス・インクルージョン」の展開を実施できる状態に行き着くまでには、取り組むべきことがたくさんあるという実態が把握できたのです。
そこで、サービスによって、あるいはサービスに関わる従業員個々人で意識やカルチャーに温度差が見られる現時点では、すべてのサービスに対して同様のアプローチでサービス・インクルージョンを展開するのは得策ではないと判断しました。楽天のBtoCサービスのうち、コンセプトと事業戦略の相性が良いもの1つを選び、そのサービスの成功を優先した施策を進め、そこから得られた汎用的な知見や気づきを型化して、他のサービスへの横展開を目指すことにしたのです。
最初のパートナーとなる事業の選定
結論から言うと、私たちが最初のパートナーに選んだのは、楽天が運営する美容サロン予約サイト「楽天ビューティ」です。「楽天ビューティ」のサービスをどの属性のユーザーにとっても心地よく使いやすいものに改良し、その取り組みで得た成果を社内外に発信することにしました。
ここから、どのようなプロセスを通じて「楽天ビューティ」を選定するに至ったかについてご説明します。
まず始めに、楽天グループのBtoCサービスすべてにアンケートおよびヒアリングを実施し、DE&Iに関する取り組みの実績がある、あるいは大事だと担当者が言及したという基準で、「楽天ビューティ」を含む5事業を選択しました。そしてこの5事業を、次の3つの評価基準で吟味しました。
1つ目は、担当者のDE&Iに対する感度です。多くの人は、自分が携わっているサービスがインクルーシブではないことに気づいていないのが現状です。
2つ目は、インクルーシブな取り組みが当該サービスの市場において、競争優位になり得るかということです。
そして最後の3つ目は、実施までのリードタイムです。
このような評価基準には、今後インクルーシブな取り組みを幅広く展開していくにあたり、まずは社内にショーケースとしての「クイック・ウィン」の事例でその効果を納得感のある形で迅速に示したい、という戦略的な意図がありました。
そして最終的にはこれらの評価を総合的に見て、初期の成功事例を共に創出するパートナーを「楽天ビューティ」に決定しました。
自社の競争優位の先にある、人々と社会のエンパワーメント
「楽天ビューティ」は、エンドユーザー向けにヘアサロン予約サービスを提供しており、その事業の特性上、ジェンダー意識に敏感さが求められるサービスです。しかし、まだまだ男女という厳然たるジェンダーバイアスによって、LGBTQ+の人々が不快な思いをすることが多く、競合の予約サイトを見てもそれに配慮しているサービスはありませんでした。
そこで、「サービス・インクルージョン」の取り組みによって「楽天ビューティ」として先進事例をつくることは、その事業の競争優位に繋がることにとどまらず、それをきっかけとして業界全体の意識も変えていくことができるのではないかと考えました。それが結果的にLGBTQ+の人々のウェルビーイングに繋がることにもなるはずです。
今回は、楽天での「サービス・インクルージョン」の展開プロセスの全体の流れと、そのプロセスのうちのフェーズ1およびフェーズ 2-1についてお話ししました。
提供しているサービスに対しDE&Iの視点を持つことの意味や意義を理解してもらい、その視点で自身のサービスの現状を把握することが、「サービス・インクルージョン」のはじめの一歩となります。
最初の成功事例づくりのための3つの評価基準をお示ししましたが、実はそれとは別に、もう1つ重要な観点がありました。それは、当該サービスの事業トップのコミットメントの強さです。私たちも学んだことですが、トップの意思、言葉は現場での強力な推進力となるのです。これは4つ目の基準としてもよいかもしれません。
次回は、実際に「楽天ビューティ」でどのように「サービス・インクルージョン」を進めたのか、そしてその成果としてのアウトプットはどのようなものであったかを、詳しくご紹介します。
引用文献
Jean-Baptiste, A. (2020). Building For Everyone: Expand Your Market With Design Practices From Google’s Product Inclusion Team. NJ: John Wiley & Sons, Inc.(百合田香織訳『Google流ダイバーシティ&インクルージョン:インクルーシブな製品開発のための方法と実践』ビー・エヌ・エヌ, 2021年)
参考リンク
楽天トラベル 英語サイト トップページ
楽天銀行「LGBT住宅ローン」
楽天生命FAQ「死亡保険の受取人として指定できる範囲を教えてください」
楽天カードFAQ「同性パートナー(LGBT)も家族カードの申し込みはできますか?」