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「感謝」はウェルビーイングな人と組織を作る Vol.1 ―「感謝すること」の効果

 企業や職種によってはリモートワークなどで出社頻度が変わってきた昨今、同僚と直接会って話をする機会は減っていませんか?
 それと同時に、同僚に感謝の気持ちを伝える機会も減っていませんか?

 人から感謝をされると、誰しもうれしい気分になります。
 そのため、「感謝をされることには心理的な良い効果がある」と言われると、ほとんどの人は納得できるのではないでしょうか。

 しかし、「『人に感謝をする』ことは、感謝をする人にとって良い効果がある」としたら、どうでしょうか。

 そこで今回は、あなたが感謝をすることがどのように、あなた自身に、そしてあなたの組織に良い効果をもたらすかについて、ご紹介いたします。


感謝をすることの直接的な効果

 元アメリカ心理学会の会長で、「ポジティブ心理学」の提唱者であるマーティン・セリグマン教授らの実証研究によると、感謝の気持ちを表すことは幸福度を高め、抑うつ度を減少させるという効果があるようです (Seligman, Steen, Park & Peterson, 2005)。

 この研究では、感謝を伝えることを含む5つの幸福エクササイズを行うことによる、幸福度と抑うつ度への効果を検証しました。
 この5つのエクササイズに対するベンチマークとなる、プラシーボ対照群の被験者は1週間、毎晩幼少期の思い出を書き出すエクササイズを行いました。

 5つの幸福エクササイズのうち、感謝を伝えるエクササイズは、これまで親切にしてもらってはいたものの、きちんとお礼を伝えたことのない人に向けて、1週間にわたって感謝の手紙を書き、そしてそれを届けるというものでした。

 実験の結果、この「感謝の訪問」を行うと幸福度のスコアは高く、抑うつ度のスコアは低くなりました。しかも他の4つのエクササイズよりもベンチマークのグループとのスコア差が大きくなっており、感謝の効果は大きいということがわかりました。
 しかし同時に、この効果が持続するのは1ヶ月後までであることも確認されています。

 このように、感謝をすることで、感謝をした本人に心理的に良い影響が直接現れ、ウェルビーイングが向上することがわかりました。
 ただし、感謝を止めてしまうとこの効果は短期間でなくなってしまうようです。したがって、感謝による良い効果を得続けるためには、継続的に感謝を伝えることが重要だと言えそうです。

感謝をすることの間接的な効果

 次に、感謝をすると、感謝をされた人からどのような良いことが返ってくるのか、という研究を紹介します。

 酒井・相川 (2021) は、いわゆる「囚人のジレンマ」のスキームを用いた実験を行いました。
 この実験の主旨を知る仕掛け人、「実験協力者(筆者注:以下「実験者」)」と、主旨を知らない「実験参加者(筆者注:以下「被験者」)」のペアで、表1にある点数の条件のもと、グーとパーのみのじゃんけんを繰り返しました。

 この実験においては、二人ともグーを出すと、両者が40点ずつ獲得できます。これを「協力行動」としました。 しかし実験者がグーを出し、被験者がパーを出した場合、被験者は100点を獲得することができます。これが、被験者のジレンマです。

(表1: 各プレイヤーの獲得得点 酒井・相川(2021)を基に、筆者編集)

 この実験では、被験者がはじめて協力行動をとった時に、実験者は笑顔で「グーを出してくれてありがとうございます」と感謝を示しました。一方、ベンチマークとなる統制群では、被験者が協力行動を示しても、実験者は無表情で何も言いませんでした。

 実験の結果、感謝を示さないグループよりも、感謝を示したグループのほうが、「協力行動」の発生率が高いことがわかりました。

 さらに、実験後のサーベイの結果から、被験者が実験者に抱く「互恵意識」(注1)と「対人魅力」についても、感謝を示さないグループよりも感謝を示したグループのスコアが高いという結果が出ました。

注1:この実験での「互恵意識」とは、被験者が、実験者と互いに支え合う関係について肯定的になっている状態を指します。

 このように感謝をすることは、感謝をした相手から個人的に良い印象を抱いてもらえるという効果のみならず、相手との協力関係が築きやすくなるという点で、組織行動という視点でも有益な効果があると言えそうです。

 また、「他者から感謝される経験が多いと認知する人は、他者に対して感謝する経験も多い」(伊藤, 2014, p.944)という研究結果もあります。したがって、感謝は連鎖していきやすいものであるとも言えそうです。


 感謝をすることは直接的・間接的に、感謝をした自分自身によい影響をもたらすことがわかりました。

 また、感謝をする人や機会がより多い組織では、感謝の連鎖が頻繁に起こりやすいと思われます。そのような組織では、「感謝をして」幸福度が高くなっている人が多く、「感謝をされて」仲間へのポジティブな意識も高まっている人も多い状態が維持されやすいため、個人のみでなく組織としても、ウェルビーイングな状態を保ちやすい状況になりやすいと考えられます。

 さらに、互いに協力をし合う意識も高まるので、ワンチームとして高いパフォーマンスを出せる組織になるカルチャーも醸成しやすいのではないでしょうか。

 このような感謝による恩恵を意図的・積極的に享受するためには、組織の中でどのような仕掛けを作ればよいのでしょうか。
 次回は、リモートワーク下であっても有効な感謝を伝え合うスキームのひとつについて、楽天グループでの事例を基にご紹介いたします。


<引用文献リスト>

伊藤忠弘 (2014).「感謝される経験と感情経験の頻度および達成動機づけ」『日本心理学会大会発表論文集』第78回大会, 944.

酒井智弘・相川充 (2021).「感謝表出スキルの実行がジレンマ状況にいる感謝される側に及ぼす効果」『社会心理学研究』36 (3),65-75.

Seligman, M. E. P., Steen, T. A., Park, N., & Peterson, C. (2005). Positive Psychology Progress: Empirical Validation of Interventions. American Psychologist, 60 (5), 410–421.