Column

はたらくことを通じて幸せを感じることの効果とは-企業を対象にした実証研究の結果から-第2回:「はたらく幸せ実感」は個人と組織の幸せ体質を向上させる?

 個人が「幸せにはたらくこと」は重要なのでしょうか?仕事のパフォーマンスを向上させるのでしょうか?
 また、「はたらく幸せ」は拡大し波及していくものなのでしょうか?

 株式会社パーソル総合研究所 シンクタンク本部研究員の金本麻里様より、「はたらくことを通じた幸せ」とその影響に関する研究結果についての解説をご寄稿いただきました。

 今回は第2回、「はたらく幸せ実感」は個人と組織の幸せ体質を向上させる?です。


 前回は、「はたらく幸せ実感」や「はたらく幸せ因子」が個人や組織のパフォーマンスを高めるなどの効果があるということを解説しました。

 今回は、「はたらく幸せ実感」のもう一つの効果についてお話しします。

はたらくことを通じて幸せになると、「幸せにはたらくことが重要」という価値観に変化する

 今回の調査では、「幸せにはたらくことは重要」という価値観の変化についても分析を行いました。

 すでに2020年7月の1回目の研究結果から、「幸せにはたらくことは重要」と考えている人ほど、はたらくことを通じて幸せを感じている、という関係(相関係数:.49)が確認されていました。
 この結果を見て、我々は当初、「幸せにはたらくことは重要だ」と考えている人は、その信念から幸せにはたらこうと努力するため、結果として幸せにはたらけているのではないか、と考えました。

 しかし、今回の実証研究の結果から明らかになったのは、はたらくことを通じた幸せ実感が高まると、「幸せにはたらくことは重要だ」と思うようになるという、逆の因果関係でした(図4)。
 また、はたらくことを通じた不幸せ実感が高まると、「はたらく上で、不幸せを回避することは、それほど重要ではない」と思うようになる(麻痺してしまう)という因果関係があることも分かりました。

図4.「はたらく幸せ/不幸せ実感」と「幸せ重視度/不幸せ回避重視度」との因果関係

 つまり、各人の「幸せにはたらくことは重要だ」という価値観の度合いによって自身の「はたらく上での幸せ/不幸せ」をコントロールできるわけではなく、自身が置かれた境遇の「幸せ/不幸せ度」に応じて各人の「幸せにはたらくことは重要だ」という価値観が変化するということです。
 従業員の「はたらく幸せ」を重視する経営を行う場合、はたらく幸せの「実感」が現時点での指標と考えれば、従業員の「はたらくことを通じた幸せ/不幸せ」に対する「価値観」は、遅行指標としてのKPIにもなり得ると考えらます。

はたらくことを通じた幸せは伝染する

 幸福学の先行研究では、1マイル以内の距離に住む幸せな友人を持った人は、幸せになる確率が25%アップするなど、幸せが人から人へ「伝染」することが示されています 1)。「はたらくことを通じた幸せ」に関して、この幸せが伝染する現象が企業内部で生じていることも今回の研究で示唆されました。

 同じ部署の自分以外のメンバーのはたらく幸せ実感平均が高いと、その後、自分自身も幸せ実感が高まる、という有意な効果が確認できました(図5)。
 また、自分の幸せ実感が高いと、周囲のメンバーの幸せ実感平均も高まる、という効果も、影響度合いの数値はやや下がるものの、確認できました。はたらく不幸せ実感についても、はたらく幸せ実感と同様に、人から人へ「伝染」するという有意な効果が確認されています。

図5.「自分のはたらく幸せ/不幸せ実感」と「所属組織の自分以外の幸せ/不幸せ実感」との因果関係

*:5%水準で有意、†:10%水準で有意
※共分散構造分析により分析。第1回から第2回にかけての、同一変数間の影響度合いは省略。
矢印は、変数間の因果関係を表す。

 これらの結果は、周囲の「幸せ/不幸せ実感」が高い状態にあると、その数ヵ月後、自分の「幸せ/不幸せ実感」も高まるという時間的な前後関係を示しています。
 したがって、同じ部署のために仕事内容や残業時間といった職場環境が類似していることで「幸せ/不幸せ実感」が決まるのではなく、「幸せ/不幸せ実感」が人から人へと伝染する効果を示していると考えられます。このことを前提とすれば、不幸せな人を幸せな部署に配置することで幸福度を高めるなど、異動配置においても幸福感の指標を参考にすることが有用だと考えられます。

まとめと介入方法

 実証研究の結果から、はたらくことを通じた幸せ実感が、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントを高め、個人の行動やパフォーマンスにポジティブな影響をもたらすことが分かりました。また、個人の「幸せにはたらくことは重要」という価値観を強めることや、人から人へ伝染することが明らかになりました。

 「はたらく幸せを追求する」というと、自己中心的な振る舞いをするようになり、勤勉さが低下するのではないかという懸念を耳にすることもあります。しかし、今回の研究結果からは、はたらくことを通じて幸せを感じることは、むしろパフォーマンスにポジティブな効果があることが定量的に示されました。

 以前から、経営戦略として、本来実現されるべき従業員の幸せを実現し、結果として利益につなげていこうとする「幸福経営」という考え方が提唱されていますが 2)、今回の研究結果からも、はたらくことを通じた幸せ/不幸せは、企業が目指すべき非財務指標(非財務KPI)のひとつとして有効であることが明らかになりました。

 では、私たち一人ひとりがはたらくことを通じて幸せになるには、どうすればよいのでしょうか?

 第1回目の研究結果から、はたらく幸せ実感を高め、不幸せ実感を低下させるためには、職場の「はたらく人の幸せの7因子/不幸せの7因子」の改善が効果的であることが明らかになっています。

 ぜひ、職場や自分自身の14因子の状態を測定し、はたらくことを通じて幸せになるためには、何が足りないのか、何が充足しているのかを把握し、打ち手につなげていただきたいと考えます。

 なお、「幸せ/不幸せの各7因子(14因子)」を測定するサーベイ、「はたらく人の幸せ/不幸せ診断(Well-Being at Work Scale;WaW77)」は弊社ウェブサイト上にて無償で提供されております。


1) Fowler et al. (2008) Dynamic spread of happiness in a large social network: longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study, BMJ 2008; 337:a2338
2) 前野隆司、小森谷浩志、天外伺朗(2018)『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』


 ※本記事は株式会社パーソル総合研究所 金本麻里氏の転載許可を得て、一部改変を行い掲載しています。
 オリジナルの記事はこちら。
はたらくことを通じて幸せを感じることの効果とは-企業を対象にした実証研究の結果から- (2021/5/28公開)

参考リンク
パーソル総合研究所
はたらく人の幸福学プロジェクト(公開日:2020/7/15 最終更新日:2021/5/28)
はたらく人の幸せに関する調査 結果報告書(2020年7月)
はたらく人の幸せに関する実証研究 結果報告書(2021年5月)