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勤務時間外の連絡に返信するか、しないか-第1回:ウェルビーイングのための「つながらない権利」とは?

 「つながらない権利(right to disconnect)」という言葉を耳にしたことはありますか?

 この概念は、2016年にフランスで労働法の中に盛り込まれ、注目を浴びるきっかけとなりました。これには、IT技術の発展に伴って時・場所を問わず連絡を取ることが以前よりも容易となったため、時間の使い方を組織的に設計することが求められている、という背景がありました。

 この「つながらない権利」はウェルビーイング向上にどのように繋げることができるでしょうか?そしてどのような方法で実現されることが望ましいのでしょうか? 全2回のシリーズの今回は第1回、「ウェルビーイングのためのつながらない権利とは?」です。


つながらない権利とは

 「つながらない権利」とは、「労働者が勤務時間外に仕事のメールや電話などへの対応を拒否できる権利」(山本・内田・オルシニ, 2020, p.117)と定義されています。

 「つながらない権利」はこれまで、フランスやドイツなどのEU圏の国々を中心に、その必要性や権利の保護の方法について議論がなされてきました。
 新型コロナウイルス禍において増加した在宅勤務の環境のもとでは、仕事とプライベートの時間の境界が曖昧になりやすくなったため、より多くの組織で「つながらない権利」への意識が高まってきているようです。

つながらない権利の必要性

 そもそも、人々は勤務時間外の連絡について、どのような印象を持っているのでしょうか。
 株式会社NTTデータ経営研究所の「新型コロナウイルス感染症と働き方改革に関する調査」(注1, p22)によれば、就業時間外において業務に関して緊急性のない電話やメール(LINE等を含む)に、「連絡があれば対応したいと思う」という回答は18.4%でした。
 しかし、「できれば対応したくないが、対応するのはやむを得ない」という回答は46.7%、さらに、「対応したくないし、連絡があっても対応しないと思う」が14.8%、また「(電源や通知をオフにする等により)そもそも連絡を受信しないようにすると思う」が7.1%という結果でした。

 つまり、「対応をしない」との回答が1/4弱、「対応はするが、できればしたくない」との回答は半数弱あり、勤務時間外での連絡に対応をすることに関しては、ネガティブな回答が約7割を占めたのです。

 では、このような回答をした人はなぜ「対応したくない」と考えているのでしょうか。
 その理由として、上司や同僚と「つながらない」ことによって、仕事とプライベートの両立や健康的な生活を実現したいという考えがあるからではないでしょうか。

 当日の勤務終了から翌日の始業まで仕事から離れる時間を確保することを、「勤務間インターバル」と言います。
 例えば家にいても勤務時間後に頻繁に仕事の連絡に対応すると、仕事と仕事の間のプライベートな時間は短くなってしまいます。このように短くなった勤務間インターバルが体に、あるいは心にもたらす影響についての研究があります。

 Kubo, Izawa, Tsuchiya, Ikeda, Miki and Takahashi (2018, pp398-400)によると、勤務間インターバルが11時間になると、睡眠時間が約5時間になるそうです。また、勤務間インターバルが11時間の場合は、それよりも多い場合と比較して、翌日に持ち越される疲労が多くなると感じ、サイコロジカル・デタッチメント(Psychological detachment/心理的距離※)が少なくなると感じる傾向があるとのことです。

 ※サイコロジカル・デタッチメントとは、労働安全衛生研究所の「労働者の疲労と勤務間インターバル」(注2)によると、「仕事のストレスや疲労の回復には、仕事を終えて、物理的に仕事(職場)から離れるだけでなく、心理的にも仕事から離れることが重要であることを主張した考え方」とされています。

 しかし、すべての人が勤務時間外の連絡を好まないとも言い切れません。

 Derks, Bakker, Peters & Wingerden (2016)によれば、仕事と仕事以外(家族)の領域が統合されていることを好む人にとっては、オフの時間に仕事関連の用件でスマホを使用すると、仕事と家族の間の衝突(work family conflict)が生じにくくなるとされています。
 それは仕事と家族、どちらに対しても柔軟に対応でき、より彼らの好むライフスタイルを実現しやすくなるからだそうです。

  株式会社NTTデータ経営研究所の調査結果やKuboらの研究結果から考えると、勤務時間外につながらないことでウェルビーイングになる人の割合の方が、一般的には多いのではないかと考えられます。
 しかし、Derksらの研究によると、勤務時間外でもつながることによってウェルビーイングを追求できる人もいるようです。

つながらない権利とD&I

 調査や研究の結果から、働き方やライフスタイルの好みは画一的ではなく、人によって異なるということがうかがえます。つながらない権利によって健康な生活を望む人もいれば、つながらない権利がない方が生活しやすい人もいるようです。

 このように、勤務時間外でのつながり方の好みには多様性があるようです。これはダイバーシティ&インクルージョン(D&I)のテーマのひとつであるとも考えられます。
 したがって、「つながらない権利」に賛成の人も反対の人も、まずはお互いに、自分とは違う考えの人がいるかもしれない、という想像力が必要となるでしょう。

  海外から輸入された「right to disconnect」という概念は、一般的に「つながらない権利」という日本語で訳されています。
 しかしこれは単に「コミュニケーションを遮断する、断ち切る権利」という非常に強い意味合いではなく、「勤務時間外の連絡に対応はするが、できればしたくない」と考えているマジョリティ層が「つながらないことも選択できる権利」なのだと捉えたほうが良いかもしれません。


 「勤務時間外での連絡」という課題は、当研究所が紹介する「コレクティブ・ウェルビーイング:三間(さんま)と余白」の概念(注3)のうち、「時間(自分と異なるリズムへの理解と配慮)」や「余白(計画的休息)」にも関係しています。
 組織やそこに所属する個人がそれぞれに合った形でよりウェルビーイングな状態となるために、このような視点からチームや同僚と対話をしてみてはいかがでしょうか。


引用文献

Derks, Bakker, Peters & Wingerden (2016). Work-related smartphone use, work–family conflict and family role performance: The role of segmentation preference. Human Relations 69 (5), 1045-1068.

Kubo, Izawa, Tsuchiya, Ikeda, Miki and Takahashi (2018). Day-to-day variations in daily rest periods between working days and recovery from fatigue among information technology workers: One-month observational study using a fatigue app. Journal of Occupational Health 60 (5), 394-403.

山本靖・内田亨・オルシニ フィリップ (2020).「これからの働き方改革と健康経営における労働問題 -『つながらない権利』を中心に-」『新潟国際情報大学経営情報学部紀要』(3), 117-128.


注1:株式会社NTTデータ経営研究所(2021).「新型コロナウイルス感染症と働き方改革に関する調査」(参照2021年12月17日)
注2:労働安全衛生研究所(2021).「労働者の疲労と勤務間インターバル」(参照2021年12月17日)
注3:楽天ピープル&カルチャー研究所「ニューノーマル時代に向けて、コレクティブ・ウェルビーイングを考えよう」

参考リンク:
楽天ピープル&カルチャー研究所「New Normal時代こそ、Collective Well-beingを考えよう<企業編>」
楽天ピープル&カルチャー研究所「New Normal時代こそ、Collective Well-beingを考えよう<個人編>」