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「エンプロイヤーブランディング(Employer Branding)」―新しいパラダイム下であなたの「組織」をマーケティングする手法とは?―第1回: エンプロイヤーブランディングとは何か

 COVID-19の世界的な大流行により、私たちの社会にはどのような変化が起きたでしょうか。

 日本では「三密」「自粛生活」「テレワーク」「オンライン飲み会」などの言葉が社会に浸透し、日々の生活や働き方が以前と変化したという方も多いのではないかと思われます。

 この変化は、組織人事領域にとっても例外ではありません。例えば採用活動は、オンラインのみで完結できるようになりました。また、テレワークが推奨された結果、企業は既存の従業員との関わり方も変更せざるを得なくなったのではないでしょうか。

 この変化をきっかけに、求職者に自社の魅力を伝えることや既存の従業員の定着に寄与する「エンプロイヤーブランド(Employer Brand)」、およびそのブランド構築の活動である「エンプロイヤーブランディング(Employer Branding)」が注目されてきています。

 今回のコラムでは、エンプロイヤーブランドが今、企業にとってなぜ必要なのか、その概要と取り組み事例を、採用面にフォーカスして紹介いたします。


COVID-19をきっかけに重要度が増してきた、エンプロイヤーブランディング

 COVID-19によって採用活動には大きな変化があり、ウェブ上で情報発信から募集、面接、採用まで全てが完結できるようになりました。
 これにより求職者と企業の対面での接点が少なくなったため、求職者が企業の情報を収集する場所として、今まで以上にソーシャルメディアや企業についての口コミサイトの重要性が増してきていると考えられます。

 株式会社リクルートキャリア 就職未来研究所の「就職白書2021」(注1)によると、新卒採用のプロセスでの「Web化(オンライン)対応における課題」として、「ノウハウ(63.3%)」、「社内の環境・設備(61.0%)」に次いで三番目に「自社の魅力の伝達(52.8%)」が挙げられています。

 また同調査における、「Web(オンライン)での選考において対面選考と比較して(筆者注:企業が求職者に)伝えづらくなった情報」としては、複数回答で「社員の人柄や魅力(72.8%)」、「職場の雰囲気や組織風土(83.8%)」との回答が非常に多い結果となっており、さらにそのうちで最もあてはまるものとしての単数回答では「職場の雰囲気や組織風土」が34%を占めました。
 このようにオンラインでの採用活動においては、求職者を惹きつけるための自社の魅力やカルチャーなどの情報発信に課題が生じていることがわかります。

 企業データ比較サービスを行っているComparablyの記事、『How To Maintain Effective Employer Brand During COVID』(注2)によると、ここ数年の傾向として、ソーシャルメディアや企業についての口コミサイトは、求職者が自らのキャリアを決定する際により一層利用されるようになり、より大きな影響を持つようになったとのことです。
 そして、人材の採用や定着ということに関し、特にこのパンデミック時には、エンプロイヤーブランディング戦略は組織にとって重要な要素となると述べており、効果的なエンプロイヤーブランドを維持できない企業は、人材採用が困難になるのはもちろんのこと、営業・マーケティングや、その他の業務上の問題にも直面するであろうとも述べられています。

エンプロイヤーブランドとは

 「エンプロイヤーブランド (Employer Brand)」とはTim AbmlerとSimon Barrowによって提唱された概念です。
 Ambler & Barrow (1996, p187) では、エンプロイヤーブランドを「雇用されることによって従業員にもたらされる機能的、経済的、心理的なベネフィットのパッケージであり、雇用している企業と同一視されるもの」と定義しています。

 また、Forbes 「Why Employer Branding Is Still A Key Priority In 2021」(注3)では、「根源的に企業のアイデンティティであり、熟慮して作り上げられた、企業のビジョン、ミッション、キャラクター、文化、個性の融合体であり、従業員候補者と現在の従業員を惹きつけ、引き留めるためのもの」と説明されています。

 つまり、エンプロイヤーブランドとは、その企業への応募を検討している求職者と、既存の従業員を惹きつけるために企業が提供する、働く場所としての魅力だと言えます。

 Randstad 「Employer brand is still critical to winning great talent」(注4)によると、強いエンプロイヤーブランドには、次のような要素があるそうです。

  • 十分に理解された価値観と文化
  • 職場の透明性
  • 信頼性
  • ブランドの伝道者およびプロモーター
  • 明確に定義された従業員価値提案(筆者注:EVP(Employee Value Proposition))

 最後のEVPに関し、HR Exchange Network 「Best Practices for Developing Your Employer Brand」(注5)では、「エンプロイヤーブランディングと同様に、従業員候補者に対してあなたの組織をマーケティングするためのツール」であり、「ある人があなたの会社で働きたくなるような具体的な理由を参照するためのもの」と述べられています。

エンプロイヤーブランディングの具体例

 ハイネケン社でエンプロイヤーブランディングをどのように行ったかについて、Develde「HEINEKEN Employer Branding Case Study – Through the Line Branding」(注6)およびRandstad「Employer branding at Heineken」(注7)での記事を参考に、以下のようにまとめてみました。

 ハイネケンでは、「『ハイネケンで働くとは実際どういうことか』ということを、求職してくる見込みのある人に対して示し、彼らが応募するか否かを選択できるようにし」(注6)ました。
 また、「この取り組みを通じ、ハイネケンブランドに対して強い情熱を持った応募者を惹きつけ、採用の品質と会社への適合度を向上させたかった」(注6)とのことです。

 ハイネケン社でのブランド構築をまとめると以下のように進められました。(1は注7より、2から4は注6より間接引用しています。)

1. 自社のブランドバリューの明確化
 ハイネケンは、自社のEVPの開発を行っていた中での従業員との会話を通じ、自社のブランドバリューとして「冒険(私たちは好奇心が旺盛で、さまざまな国で働き、新しいことに挑戦することができる)」「友人(私たちは人々を団結させる)」「名声(私たちは明らかに、よく知られた企業である)」という3つの特徴を見いだしました。

2.応募前に自社のブランドバリューを知ってもらう取り組み
 ハイネケンでは求職者が応募する前に、「Go Places」というキャンペーンを実施しました。これはウェブ上で12の質問に、与えられた時間内に回答していくというものです。この質問の内容はハイネケンがエンプロイヤーブランドバリューとして大事にしている「冒険」「友人」「名声」に関するものです。

 この回答に良し悪しや勝ち負けはなく、求職者に、ハイネケンに応募したいかどうかを自分で選択するように導くものでした。

 まずは社内でこのキャンペーンを実施して従業員に会社に対する誇りと喜びを感じてもらい、その後に友人にシェアしてもらうようにしました。このキャンペーンには何十万もの人が参加し、そのうちの70%以上がクイズを完了し、13%以上がハイネケンの求人に応募しました。

3.採用の質の測定
 ハイネケンはLinkedInと協業し、「Go Places」に参加したもののその後に採用されなかった人の就職先を調査することで、自社の採用の質を確かめました。この調査により、非採用者のその後の就職先としては有名企業の名前が多く、そのうちのいくつかの名前を見ても、キャンペーンに参加した人の質の高さがうかがえたようです。

4.人事以外の部門との協力関係の構築
 このプロジェクトは、関心を寄せるテーマが異なる部門間(人事部は「適切な求職者を集めること」、マーケティング部は「異なるチャネルで消費者にアプローチすること」、広報は「企業ブランドを強化すること」)でのコラボレーションとなりました。
 このコラボレーションは、単にコラボレーションを行う目的ではなく、共通の関心事や共通の土台を探すためのものであったようです。


 コロナ禍で採用活動や働く環境に大きな変化がありました。企業はこの大きな変化に対応して乗り切るために、自社の魅力を求職者や既存の従業員に今までよりも積極的にアピールすることで、自社の理念にマッチした人材を獲得し維持する必要がありそうです。

 このようなエンプロイヤーブランディングの活動では、EVPの開発などを通じて「自分たちは何者か?」というブレない「自社認識」を持つことが求められるのではないでしょうか。

 皆さんの組織でも、自社の魅力や理念を確認もしくは再定義し、それらを伝えるための活動について話し合ってみてはいかがでしょうか。


引用文献
Ambler, T. & Barrow, S. (1996). The employer brand. Journal of Brand Management, 4 (3),  185-206.


注1:株式会社リクルートキャリア 就職未来研究所「就職白書2021」(2022年6月3日参照)

注2:Comparably 「How To Maintain Effective Employer Brand During COVID」(2022年6月3日参照)

注3: Forbes 「Why Employer Branding Is Still A Key Priority In 2021」(2022年6月3日参照)

注4:Randstad「Employer brand is still critical to winning great talent」(2022年6月3日参照)

注5:HR Exchange Network「Best Practices for Developing Your Employer Brand」(2022年6月3日参照)

注6:Develde「HEINEKEN Employer Branding Case Study – Through the Line Branding」(2022年6月3日参照)

注7:Randstad「Employer branding at Heineken.」(2022年6月3日参照)